10月末にラスベガスで開催されたTreasure Data主催のCDP World 2025カンファレンスに参加させていただきました。このカンファレンスは、前年から参加者が大幅に増加し、顧客データプラットフォーム(CDP)が企業戦略における不可欠な基盤へと進化していることを痛感させられる学びの多い2日間となりました。
CDP World 2025の様子を3回に分けて紹介します。2回目は、グローバル企業の事例に焦点をあてます。CDP World 2025で紹介されたグローバル企業の成功事例は、CDPとAIがもたらす変革の大きさと、それに伴う組織的・文化的な課題(Change Management)の重要性を浮き彫りにしてくれました。
年間収益120億ドル以上、時価総額400億ドル超を誇る音楽業界の巨人UMGは、3,000以上のウェブサイト、1,000のストアデータにファンデータが分散・断片化しているという課題に直面していました。また、国ごと、レーベルごとにデータ構造が異なり、統一的なマーケティング視点を欠いていました。
そこで UMGは、グローバル共通の「Fan Data Platform」を構築し、アーティストごとのファン行動をリアルタイムで把握し、グローバルとローカルの最適化を両立させることを目的にTreasure Data CDPを採用したそうです。その成果として以下の3点が強調されていました。
UMGの成功要因の一つは、「Start Small戦略」と「強力なChange Management」にあります。UMGは段階的に導入リスクを最小化し、各国の推進役(Championsという名称で担当者を鼓舞)と共に、データドリブンなマーケティングを実践するためのChange Managementの実践と継続的なトレーニングを徹底しました。
印象的であったのは、UMGは、CDP導入は単なる技術導入ではなく「文化変革のプロセス」そのものであるというメッセージを残してくれたことです。クリエィティブの強い会社であり、アーティストというと強い個性でプロダクト・アウトが可能と考えがちな会社において、データドリブンなマーケティングを実践することは並大抵のことではありません。しかし、今や音楽というプロダクト(サービス)はデジタルプラットフォームを駆け巡る商材です。音楽やアーティストという表層的な製品価値だけに目を向けず、顧客体験に目を向ける。そのためにいかにデータを活用するのかという教訓をUMGの事例は我々に教えてくれているのです。
139カ国、9,000ホテルを展開するHiltonは、データが複数国、複数システムに分散し、チームごとのデータ管理がサイロ化している課題を抱えていました。
Hiltonは、顧客データ活用の成熟度を「戦略・技術・顧客理解・体験」の4軸で評価するCustomer Data Maturity戦略を定義し、CDPを中心的基盤と位置づけました。この定義のもと彼らのCDPには、予約/滞在履歴/アプリなどの多様な接点データ(行動データ)が蓄積されます。それらを統合することで、顧客理解のさらなる高度化を実現させています。
CDPが「信頼できる唯一の情報源」となることで、マーケティング部門だけでなく、ブランドチーム(顧客体験強化)、コマーシャル(価格最適化)、在庫管理(需要予測)といった部門横断の連携が実現し、全社でデータ活用の方向性が一致しました。やはりCDP活用の成功には、データ・レイクの中にあるものを明確に定義、整備することが不可欠です。そうすることで全社的にCDPのデータで何ができて、何ができない(わからない)かが明確になるのです。そのことをHiltonの事例は教えてくれています。
そしてHiltonは、AI活用は「魔法」ではなく、CDP基盤と組織アラインメントがあってこそ機能する「加速装置」であるという優れた教訓も示してくれています。彼らは、AI導入の成功条件として、組織間連携、体制構築とガバナンスを挙げています。
そしてUMG同様「Change Managementが極めて重要」であり、全社教育と活用支援が必須であると強調しました。Hiltonは、AI導入に際して「小さく始め成功領域から展開」することを推奨しており、UMGと同様に段階的な組織変革を重視しています。やはり焦ることなく、社内整備、社内営業と教育を怠ってはデータドリブンマーケティングの成功はないのでしょう。
『GTA』や『NBA2K』などのオンラインゲームブランドを持つTake-Two Interactiveは、プレイヤーのリアルタイムエンゲージメントの最適化をCDPを通して実現することに挑戦しています。
Take-Twoは、ゲーム内行動、購入履歴、マルチチャネル反応、カスタマーサポート履歴、さらに外部データを統合し、「Golden Player Record(統合プレイヤープロファイル)」を形成しています。
AIエージェントは、この統合データを軸に、離脱予兆プレイヤーの検出、Golden Path(理想行動ルート)の抽出、そしてプロンプト一つでのジャーニー案の自動生成を可能にしました。これにより、例えば7日未ログインの高LTVプレイヤーに対して行動トリガーで即座に限定オファーを実行するなど、リアルタイムエンゲージメントを実装しています。
Take-Twoは、CDPとA I利活用には、システムだけでなく「運用モデルとチーム能力」が中心であるとし、施策のAdvanced Measurement(高度実験)を中核概念としています。これは、キャンペーンやオファーが「どれだけ純増効果(Incrementality)を生んだか」を科学的に測定し、短期指標ではなく長期価値(LTV)ベースで評価する仕組みです。AIが生成したセグメントやジャーニーの効果を測定し改善することで、AIの効果を科学的に検証しています。
Take-Twoは、AIは作業を自動化するが、「戦略は人間」が担うことを強調し、成功には「Change Management × チーム育成が必須」であると述べています。これは、高度なAIを活用する上で、人間が戦略設計と科学的検証という「Human-in-the-Loop」の役割を果たすための組織的準備が必要であることを示しています。
ここで少し横道にそれますが、Human-in-the-loop(HITL)について解説しておきます。HITLとは、AIがプロセスを自動化しても、最終判断、品質保証、倫理的責任を人間が担うことを指します。
みなさんもご存知の通り、AIの出力は常に正確とは限らず、ブランド特性や業界ルールを誤解する可能性があり、ブランドセーフティや法務リスク(不適切な表現やデータ利用判断)をAIに全て任せることはできません。
ですので、A I時代に人が担うべき主な領域が当然存在します。それは以下の3点です。
Take-Two Interactiveの事例は、AIは作業を自動化するが、「戦略は人間」が担う必要があることを示しています。そして組織内の意識改革(Change Management)とチーム育成(Change Management)がCDP活用の重要な成功要因と言えるでしょう。
北米最大級のテーマパーク運営企業Six Flagsは、合併後の42施設でデータが分断し、40を超えるパークブランドのメール運用が手作業という非効率な状況にありました。
Six Flagsは、Snowflake、Treasure Data、Airshipを組み合わせた新データパイプラインを3ヶ月未満で導入完了し、「統一顧客プロファイル(Family Journey 360)」を構築したとのことです。このスピード感には驚きを禁じ得ません。
AIメール作成ツールにより40パークの煩雑な運用を解消し、特にソーシャルセンチメント分析をTreasure DataとAIで完全自動化しました。これにより、従来15名が週2~3時間かけていた手作業のSNS分析が即時可視化され、混雑や故障といったCX課題の早期発見が可能になりました。
ここで少しソーシャルセンチメント分析について解説しておきます。AIエージェント時代において、顧客の「感情(センチメント)」をリアルタイムで捉え、サービス改善に活かす仕組みは、CDPとAI活用の重要な領域です。Six Flagsが行っているソーシャルセンチメント分析とは、SNS上の顧客の声を即座に収集・分析し、顧客体験(CX)の課題をリアルタイムで把握するための仕組みを意味しています。
Six Flags(北米最大級のテーマパーク運営企業)の事例は、このセンチメント分析が組織に与える変革的なインパクトを具体的に示しています。
Six Flagsは、合併後の複雑な状況下で、ゲストの感情や不満がソーシャルメディア上で発生しても、それをデータとして捉え、現場に反映することが困難でした。以前は15名ものスタッフが週に2~3時間かけてSNS投稿を手作業で分析していたそうです。このため、分析に時間がかかり、問題発生から対応までのタイムラグが大きくなっていました。Treasure Data CDPを基盤とし、AIを活用することで、ソーシャルセンチメント分析が完全に自動化され、結果が即時可視化されるようになったそうです。
Six Flagsのセンチメント分析では、顧客の声がポジティブ、ネガティブ、ニュートラルの3つに分類されました。このような分析視点はサービス業において非常に重要かつ参考になるものだと思います。例えば、ネガティブセンチメントの事例では長蛇の列、アプリの不満、メンテナンスの遅延、価格不満など、ゲストの体験の質を直接損なう要素を測定しています。このような顧客体験の早期発見は、顧客価値の崩壊防止につながります。分析の自動化がもたらしたものは、混雑や故障といった、顧客体験を損なう問題の早期発見を可能にしています。また、「定性的な声」をデータ化し、現場の改善施策に反映できるようにしているそうです。シームレスな顧客体験の提供に不可欠なものは購買データだけでなく、行動データです。このリアルタイム把握ができることはSix Flagsにとって最高のデータ資産と言えるでしょう。
つまりこの仕組みこそが、パーク運営に対して現場の人の感覚値、暗黙知を形式知化するのです。そのことをSix Flagsは「第二の感覚器」として表現していました。スタッフはアプリを通じてゲスト情報や混雑状況、満足度をリアルタイムで共有できるようになり、データ駆動の現場力がCX品質を引き上げる結果、体験改善が高速化し、最終的に100万ドル超のコスト削減にも貢献しているようです。
CDPが統合した顧客プロファイルと行動ログに、ソーシャルセンチメントという「定性的な感情データ」を加えることの価値は顧客体験の向上に大きなインパクトをもたらしているでしょう。さらにAIを活用し、より顧客の状況に基づいた、精緻なNext Best Action/Offerを提案できるようになります。これは、AI時代のマーケティングにおいては、顧客の行動だけでなく感情までを把握することの重要性を示していますし、それが差別化につながるということなのです。
最後に、 Six Flagsの事例から得られた最も重要な教訓の一つを紹介したいと思います。それは、大規模な組織変革におけるCMO(マーケティング)とIT/CDO(データ基盤)の間の認識のズレという少し人間臭い話です。
| 部門 | 最優先事項 | 具体的な要求 |
|---|---|---|
| CMO(マーケティング) | CX改善・スピード | 早くパーソナライズ、メール自動化を実装したい |
| IT/CDO | 基盤統合・品質・セキュリティ | レガシーDB移行・ID統合が先でないと動けない |
CMOとCIO、CDOの間にズレがあることはよくあることです。SixFlagsでも上記の表にあるように、現場が求めるスピード感のある施策実行が遅延する問題が発生していたようです。
その中でSix Flagsが語った学びは、「IT部門依存ではなく、マーケ/デジタル部門が主導すべき領域がある」ということです。顧客体験(CX)から逆算し、スピード感をもって価値を出すためには、CMOが主導権を握り、パートナー(Six Flagの場合MerkleやTreasure Data)がその橋渡し役となる意思決定構造の変革が必要でした。データ基盤の正しい設計は未来のAI活用を左右します。だからこそその基盤を活かしきるための「意思決定構造」の変革、顧客体験設計に責任を持つ人のWillや仮説こそが、システム設計に不可欠なのです。これもまた企業におけChange Managementの本質であると言えるでしょう。