ABM(Account Based Marketing /アカウントベースドマーケティング)に取り組み始める日本企業が増えています。しかし、社内からの反発やマーケティング部門の孤立、ABMへの理解不足という課題に阻まれ、頓挫してしまう企業も少なくありません。
この失敗にはどういう背景があるのか。日本企業のABMに足りないものは何か。どうすればABMがうまくいくのか。
300社以上のBtoB企業のマーケティングコンサルを手がけたシンフォニーマーケティング株式会社の庭山一郎氏が、全社戦略としてABMに取り組むための手がかりを紹介しました。聞き手はトレジャーデータ株式会社の堀内健后が務めました。
庭山氏はよく講演でそう話すのだという。たしかに、アメリカで2000年に普及が始まったMAが、日本に入ってきたのは2014年だ。
それでもここ5年10年でマーケティングを始める日本のBtoB企業は大きく増えた。デジタル化の進みにくいと言われる大手製造業でも、MAやCRMの導入が増えている。
問題は、新たに設立されたマーケティング部門が社内で孤立してしまうケースが多いことだ。庭山氏にも「どうしたらよいか」という相談が寄せられるという。これはマーケティング部門の人間だけが悩めばよい問題ではない。会社全体で解決に臨むべき問題だ。
新たにMAを導入する企業は多くても、そのMAを既に導入済みの営業部門のSFAとつなげて活用できている企業は1割以下だと庭山氏は話す。つなげるべきデータをつなげ、各部門が連携して動けるように、企業全体の体制が設計されていないのだ。
「経営者が『マーケティングオリエンテッドの会社に変える』という強い意志を持たない限り、マーケティング部門は必ず孤立する」と庭山氏は断言する。
中期経営計画で「マーケティングの強化」を謳う日本企業は多い。庭山氏が書籍「BtoBマーケティング偏差値UP」のタイトルに込めたのは「会社全体の『マーケティングの偏差値』を上げない限り、マーケティングの強い会社にはなれない」というメッセージだ。
今回のテーマであるABMに取り組み始める日本企業も多い。しかし、ほとんどの企業が上手くいかず、スタックしている。
原因は主に2つある。「ガバナンスの問題」と「データとコンテンツマネジメントの問題」だ。
ガバナンスの問題、言い換えれば「俺の客問題」は日本企業、特に歴史のあるエンタープライズ企業に多いという。
ABMは自社にとって高い価値を持つ顧客、つまりお得意様からの売り上げを最大化するマーケティング手法だ。日本企業では多くの場合、古参の営業社員がアカウント営業としてお得意様を専任担当し、深い関係を築いてきた。
いざABMを始めようとお得意様情報の提供をお願いした際、「MAだか何だか知らないが、俺の名刺データは入れないよ」「俺の客に勝手に電話するな」と担当営業から反発されるケースが多くあるという。
お得意様の担当営業は企業の売り上げのうち多くの割合を作り出しており、実力もあり信頼されている。社内の政治力も強く、上記のような言い分が通ってしまうのだ。
しかし、ABMは「全社戦略」として取り組まないと成立しない。「戦術」には自由度を認めるべきだが、「戦略」には特定の顧客のデータだけ提出しないという自由を認めてはならないのだ。「俺の客問題」を解決し、「会社の客」に対して全社一丸で取り組まなければABMは成功しない。
欧米企業の場合、多くの意思決定プロセスはトップダウンなので、経営陣のデータさえ持っていればABMを実施できる。
一方日本企業の意思決定プロセスは、稟議を経たボトムアップだ。経営陣だけではなく、稟議を書く可能性のある社員のデータを幅広く持たなくてはならず、必要とされるデータの量が圧倒的に多い。
加えて、日本語はアルファベットやカタカナに表記ゆれが発生しやすく、名寄せの手間がかかりデータマネジメントがしにくいという問題もある。例えば、「IT」「アイティ」「アイティー」「アイ・ティー」といった具合だ。
欧米と日本の環境の違いを理解し、必要な情報を適切に管理しなくてはならない。
どんなに有能なアカウント営業でも、人間である以上時間と肉体の制約がある。ターゲットアカウントの社内の人間すべてと面識を持ち、強いつながりを作るのは難しい。
彼らは長年の経験から少数のキーパーソンを見つけ出してグリップしているからこそ、既存の売り上げを守ることができている。しかし制約がある以上、これ以上の売り上げは見込めない。
そこでデジタルを使ってABMを展開するのだ、と庭山氏は言う。
例えばデータベース内にはターゲットアカウントに所属する127名のデータがあっても、アカウント営業が実際に会ったことがあるのは9名のみ、というケースはよくある。アナログな営業活動だけに頼っていては面識のない人達には情報が伝わらない。
そこでデマンドセンターがデジタルを利用して残り118名にコミュニケーションを取れば、情報を伝えることができる。営業活動をデジタルでサポートするのが、マーケティングのDXだ。
デジタルが得意とするのは「多くの対象に向けて同時に情報を発信すること」と「情報を受け取った人の反応をセンサリングすること」だ。
たくさんの人に情報を伝えて反応をセンサリングすれば、興味のある振る舞いをした人間をリストアップできる。あとはそのリストをアカウント営業に渡せば、得意先の意思決定プロセスを熟知しているので、適切な対応をしてクロージングできる。
ターゲットアカウントとの関係が「点と点」から「面と面」になるのが、ABMの基本構造だ。点のみでつながっていると、他の点を競合に奪われてしまう場合もある。面でターゲットアカウントをグリップすることは、競合がつけ入る隙をふさぐことにもつながる。
ABMが「究極のBtoBマーケティング」と言われる所以だ。
ABMに必要なデータが自社にどのくらい揃っているのかを把握するには、カバレッジ分析が便利だ。
縦軸をターゲットアカウント、横軸を部署にした表を作り、アカウント×部署ごとに所属している人のデータをどの程度取得しているのかを数値化し、ターゲットアカウントの情報カバレッジ(網羅率、カバー率)を可視化する。
当然ながらデータがないところには情報を届けられないので、ABMで商材を売ることはできない。もし現時点でデータがないセグメントをターゲットとした商材を持っているならば、リードデータを収集するところから始める必要がある。
同じ企業でも部署ごとに必要とする商材や情報は異なるので、ABMを始めようとするならばこのように部署ごとにデータ分析をすべきだ。企業ごとでは分析が粗すぎる。
BtoBにおいて、基本的にアノニマス(匿名)データはリードデータにカウントしない。単価が高く営業によるクロージングを基本とするので、どこの企業の誰なのかが分からなければ案件化できないからだ。
数年前まではサードパーティデータやセカンドパーティデータを購入して紐づけるのがトレンドだったが、費用に見合う成果が出ないのが分かってきたのとCookie規制の問題もあり、現在はファーストパーティデータ立脚してマーケティング戦略を再構築するのが世界のトレンドだ。
例えば問い合わせや資料請求のコンバージョンで獲得したファーストパーティデータを、Webサーバーにログの残ったアノニマスな「誰か」のデータと紐づければ、個人を特定することもできる。
その企業の「誰か」ではなく、企業に所属する「個人」としてスコアリングすることが重要だ。ある企業のグローバルIPから何度もアクセスがあったので「これはホットだ」と思っていたら、実はただの巡回プログラムだったというのでは笑い話にもならない。
質疑応答コーナーではABMに関するものからマーケティング全般に関するものまで、非常に多くの質問が寄せられた。ここではABMに関連する質問とその回答を抜粋して紹介する。
孤立したマーケティング部門の中で、うまくいかないABMに悩むマーケターは多いのかもしれない。しかし、そこを乗り越えた先にABM成功のカギがある。
マーケティング部門がデータを活用して営業をサポートし、営業はそれに応えて成果をあげる。それができる体制を全社で構築することができれば、成功はぐっと近づくだろう。