デジタルトランスフォーメーション(DX)がさまざまな企業で効率化に終始する中、DXのさらに先を見据えた「リアル・トランスフォーメーション(RX)」とも言える取り組みが実践されている。RXで目指すのは、リアルとデジタルで分断していた顧客体験や従業員体験などをデータで統合し、価値創造の好循環を生み出すことだ。
RXを推進するTOPPANの次世代データ戦略と併せ、その実践者であるファンケルの先進的な取り組みについてひもといていく。
これまで、さまざまな企業・ブランドがDXに取り組んできた。しかし、現在でも多くの顧客は、リアル接点を通じて商品やサービスを購入しているという現状がある。
D2Cのようなデジタル発のブランドの多くもリアル店舗の出店に乗り出しており、デジタルとリアルの両方でブランドを利用している顧客のLTVが、片方のみを利用している顧客の数倍にのぼる例も見られている。
そこで、TOPPANがDXの次に向かうべき潮流として提唱するのが、リアル体験を主役にする変革「リアル・トランスフォーメーション(RX)」だ。近い将来、AIエージェントに相談しながらショッピングをする人が増加することを考えると、人間が自ら検索や比較を行う機会は減少し、検索性やUIなど従来購買の決め手となっていた要素は均質化。その代わり、店頭での従業員との会話や商品接触など、リアルな体験価値が差異化の要素になる。
しかし、現実には企業の多くがリアル接点をビジネスの成長に活かしきれていない。その背景には、デジタルとリアル店舗の分断や、スタッフがノンコア業務に追われて顧客に向き合う時間が取れず、商品の魅力を顧客に伝えきれていないといった原因がある。
図:RXの全体イメージ
そうしたテクノロジーが空気のようにリアル体験を支えるRXの例として、アンビエント・インテリジェンス(環境知能)を活用したアンビエント店舗がある。アンビエント・インテリジェンスとは、空間のさまざまなところに設置されたAIやセンサーが人間の動きや状況を察知して、自動で最適なサポートを行う技術やシステムのことだ。
アパレル店舗を想像してみよう。来店客がアンビエント店舗に入ると、天候や時間帯、その人のデータに合わせて、照明やサイネージ、音楽が最適化。また、商品に手を伸ばすと、AIがそっと反応して、店内に設置された画面におすすめコーデが映し出される。これによって来店客は、「入った途端に雰囲気が変わっておもてなしされている感じ」「偶然気になる商品がおすすめされてうれしい」といった感動を覚えるという仕組みだ。
また、AIサポートを駆使したスタッフの接客も実施。イヤホンを通して、スタッフに顧客が欲している情報をさりげなく教え、自然なかたちで会話が弾むようになる。
こうした一連の活動を通して、顧客はきちんと自分を見てくれていると感じ、ブランドへの愛着が深まっていく。その結果、「ファン化によるLTV向上とそれによる売上の拡大」「広告精度の向上による顧客獲得コストの削減」「離職率の低下による採用教育コストの削減」など、さまざまなビジネスインパクトをもたらす。
RXの先進事例が、化粧品や健康食品の開発から製造、販売までを自社で手掛けるファンケルの取り組みだ。
ファンケルは、コロナ禍でリアル店舗が営業停止を余儀なくされた2020年に、「商品をただ通販で買うのではなく、ファンケルの人から買いたい」という顧客の声を受けて、ライブコマースを始めた。最初はよくわからないなりにライブ配信を1時間実施してみたところ、これが非常に好評だった。演者として出演するファンケルの社員が、顧客からのチャットを通して会話をしながら販売をするといったことにこだわるようになった。
一方で、「商品を買うのではなく、ファンケルの人と一緒に何かを体験したい」という声も上がった。そこで今度は、販売をしないオンラインイベントを開催。初回はバーチャル背景で顧客と商品について対話しただけだったが、これもまた好評を得た。その後、自社工場や自社物流センターからの配信、さらには著名動物園や大手航空会社の格納庫からの配信など、他社とのコラボも含めさまざまな場所からオンラインイベントを届けた。
ライブコマースやオンラインイベントで目指したのは、売上を上げることではなく、ファンケルの社員を通してファンケルの人柄やイメージを伝えるという価値だ。
アフターコロナとなり顧客が一気に店舗に戻ってからは、デジタル上で築いた情報発信のベースに店舗でのリアルな体験を乗せることで、ブランドの価値を高められるのではと考えた。
そこで2021年に、元々は別々に存在したスマホアプリを一つにまとめ、店舗でも通販でもすべて共通で使える自社アプリを開発。そこをマーケティングの基盤として、徹底的にブランド体験を改善し、店舗や通販の良さを感じてもらいたいと考えた。
しかし、どちらか一方で購買している顧客を、もう一方のチャネルに送客するのはそう簡単なことではなかった。
そのときに目に付いたのが、全国の自社店舗で実施していた使用後の化粧品容器の回収だ。ファンケルは回収した容器を、植木鉢やエコバッグに再生するという活動を行っている。この容器回収という行動を施策の条件として使えるよう、アプリ内にあるスタンプラリー機能を整備。店舗での容器回収、エコ活動記事の閲覧、エコ商品の購入という3つの条件をクリアし、スタンプを3つ集めると、ポイントがもらえる仕組みにした。
テクノロジーの進化やコロナ禍によってデジタル化を推進してきた企業は少なくないが、その中でもファンケルは「ヒト感」のある体験へのこだわりを貫いてきた。
「我々が目指したのは、店舗と通販の両方をぐるぐると使いまわってもらうこと。どちらか一方だけでなく両方のチャネルで買い回るようになると、どんなセグメントのお客様であっても、LTVが平均して3倍ほどに引き上がることが確認できています。」(長谷川氏)
ファンケルのようなファン化施策では、単に店舗で実施するだけでなく、データとして記録、分析、型化することも重要だと名塚氏は説明する。
「TOPPANが支援するRXでは、データ基盤をTreasure Dataで構築。顧客軸、商品軸、従業員軸でそれぞれデータを一元管理し、どの顧客がどの商品とどの従業員の接客を通じて、どのような体験価値を得たかというデータを解析して、その好循環をつくることを目指しています」(名塚氏)
図:「最上のブランド体験」を生み出す、三位一体のデータ戦略
RXで最上のブランド体験を生み出すポイントは、次の4つの施策を横断的に集約、循環させることだ。
① 店頭行動の可視化(顧客・従業員):最新のビーコンやカメラ、RFIDなどを用いて店舗での顧客行動を可視化し、最適な接客タイミングや感動を生むストーリーを掘り起こす。
② ヒトの力の最大化:店頭の音声会話や位置情報などをCDPや従業員の情報データベースに集め、AIによって分析したナレッジをスタッフ個人や個店にすばやく展開。一人ひとりの従業員に寄り添って成果とモチベーションの相乗効果を生み、働きがいのある強い現場をつくる。
③ 商品力の高解像度化:クチコミ情報や競合商品の情報、店頭で発信しているメッセージの浸透率、商品売り場のVMD評価などをAIで処理し、商品の解像度を多面的に引き上げる。また、こうした商品情報をCDPと掛け合わせることで、顧客に発信する情報を個別カスタマイズする。
④ デジタル/リアルのハイブリッドCX:AIを使って、顧客の行動予測やターゲティング、個人に響く商品情報のコンテキスト化を行い、コールやサンプルなどのリアルメディアと自動連携。顧客に合わせたチャネルおよびコンテンツによるCXの向上を行う。
上記4つの施策を実現するには、デバイスやセンサー類の整備、AIサービスの活用、データ基盤の構築、そして運用までを見据えた設計が不可欠となる。これらを分断せず一気通貫で統合し、継続的に循環させていくことが、RXを前進させる鍵である。
店舗・商品・従業員・顧客データを横断的につなぎ、学習と改善を重ねていく。その積み重ねこそが、単発の施策にとどまらない「感動を生む最上の顧客体験」へとつながっていくのである。