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顧客育成こそ競争力 ―因果AIが拓く顧客理解の新境地|トレジャーAI

作成者: Treasure AI|Sep 8, 2026, 3:57:36 AM

生成AIやAIエージェントへの注目が高まる中、「明日のビジネスにすぐ役立つAI活用」を求めるマーケターは少なくない。富士通株式会社でCustomer Engagement事業部の事業部長を務める芝崎英行氏が語ったのは、相関ではなく結果と要因の関係性を解き明かす「因果AI」だ。上位顧客への注力だけでは顧客全体の成長機会を逸してしまうという問題意識のもと、これまで十分に向き合えてこなかった「ネクストプレミアム層」をいかに見つけ、育てるか――。顧客理解を「知る」から「育てる」へと進化させるアプローチと、その実装の現在地が語られた。

顧客とサプライチェーン全体で体験価値を高める

富士通といえば、システムインテグレーションや大企業向けの基幹システム構築といったイメージが強い。しかし同社は2021年、事業ポートフォリオと成長エンジンの転換を図り、顧客のビジネス課題と社会課題を同時に解決することを掲げた事業ブランド「Fujitsu Uvance」を立ち上げた。その中核に据えられているのが、データとAIの活用だ。Uvanceは7つの重点領域を持ち、芝崎氏が担当するのは、そのうちコンシューマーやカスタマーエクスペリエンス(CX)に関わる領域である。リテール向けのPOSシステムをはじめ、ドイツ企業の買収を経て、現在は世界66カ国で事業を展開しているという。

パレートの法則の死角 ―上位20%の中の「15%」に注目せよ

ここから芝崎氏は、本題である「顧客理解の進化」へと話を進めた。掲げられた仮説は2つ。ひとつは、既存の優良顧客を理解し対応するだけでは、現状のビジネスの維持や成長が難しいということ。もうひとつは、データとAIの力で「次のプレミアム層」を見つけ、育てることが重要だということだ。

なぜ最上位の5%だけでは不十分なのか。芝崎氏は上位顧客層の構造変化を3つの観点から説明した。第一に、高齢化に伴う世代交代だ。調査によれば、2030年までに高級商材市場の8割で世代交代が進むという。第二に、上位顧客の入れ替わりの激しさである。「上位20%のうち5〜7割が1年間で入れ替わる。7割が入れ替わるとすれば、2年でもう半分が入れ替わる計算になる」(芝崎氏)。第三に、離脱リスクの高さだ。十分な特典や体験を得られないと、多くの顧客がすぐにブランドスイッチをしてしまう。こうした流動性の高さゆえに、最上位層への対応だけに頼るのではなく、次の上位層を計画的に育てる発想が欠かせない。

もっとも、ネクストプレミアム層の育成は容易ではない。芝崎氏によれば、こうした顧客が上位へと育つには、あるブランドに対して最低5回以上の満足した購買経験が必要だという。「最低でも5回以上、満足した購買経験を重ねないと、なかなか上位には育っていかない」(芝崎氏)。しかも、一度でも不満を抱く経験をするとブランドスイッチしてしまう顧客が少なくない。

その一方で、個人に最適化された体験を提供できれば、より多くの購買につながることもわかっている。育成は難しい反面、うまく取り込んで育てられれば、企業へのリターンは非常に大きい。だからこそ、一人ひとりの行動の「原因」を捉えて打ち手を設計する精度が問われることになる。

因果AIというアプローチ ―「相関」から「原因」へ

従来、富士通を含む多くの企業が取ってきたのは、各種データの統合とタグ(アノテーション)の活用による行動予測・販促だ。顧客データや内外のデータを統合し、セグメンテーションやカスタマージャーニーを設計する。そのうえで、購買履歴などから「平日午前中に来店する」「クーポンを利用する」「週末に日配品をまとめ買いする」といった特徴を自動的にタグとして付与し、タグの変化を見ながらクーポン発行や離脱防止の施策を打ってきた。

このアプローチは効率化やマーケターの業務負荷軽減という意味で重要であり、今後も継続すべきものだと芝崎氏は言う。そのうえで、これにプラスする形で活用したいのが因果AIだ。因果AIは、相関ではなく「原因と結果のつながり」を解き明かす技術である。たとえば食生活・運動・健康といった数値データに対して「因果探索」を行うと、最終的なゴール(健康促進)に対して、どの要因がどれだけの強さでつながっているのかをグラフとして可視化できる。

この技術を、個々の接客やオンラインマーケティングに活用しようというわけだ。

富士通の因果AIの特徴 ― スケーラビリティとトレードオフ最適化

一般的な因果AIには2つの課題があると芝崎氏は指摘する。ひとつは、大量データを扱うと組み合わせが膨大になり計算が難しくなること。富士通は複数のデータをワンパッケージとして捉えることでスケーラビリティを確保し、高速化する技術を持つという。もうひとつは、トレードオフへの対応だ。ゴールへ向かう道筋は一本のきれいなパスとは限らず、あるパラメーターを動かせば別の要因に副作用が生じる。

芝崎氏は人事の例を挙げた。「離職リスクを下げる」という目的に対し、従来技術は「残業時間を下げる」という打ち手を導く。しかし残業削減は月収のダウンを招き、結果として従業員満足度やワークライフバランスを損ない、かえって別の離職要因を高めてしまうことがある。富士通の因果AIは、数理最適化によってこうしたトレードオフをバランスさせる。先の例で言えば、残業時間や月収を最適な水準に保ちながら、出張頻度を下げる、職場環境を改善するといった副作用の少ないパラメーターを提案し、満足度を維持したまま離職リスクを下げる。目的の達成と、トレードオフ関係にある複数要因の最適化を両立させる点を、富士通の因果AIの強みとして紹介した。

ネクストプレミアム育成への応用 ― 購買単価から接客トークまで

では、この因果AIをネクストプレミアム層の育成にどう生かすのか。芝崎氏は具体的なユースケースを示した。15%のネクストプレミアム層を上位5%へとランクアップさせ、LTV(顧客生涯価値)の最大化やエンゲージメント強化を実現する――これをゴールに設定すると、各種データの中から因果グラフが描かれ、結果につながる因子が浮かび上がる。たとえば「購買単価」「上位ランクへの帰属願望」「ラウンジ滞在時間」といった因子が、それぞれプラス0.5、プラス0.3、マイナス0.5といった強度で示される。

正の関係が強い購買単価をたどると、その先には単価アップにつながるギフトや手土産の購入があり、さらに要因として強いのは記念日向けのワインだといった具体的な施策が見えてくる。一方、上位ランクへの帰属願望をたどるとVIPラウンジの利用にたどり着くが、ラウンジ滞在時間が長くなると購入単価や訪問回数が減り、かえって負の結果を招くこともある。こうしたトレードオフを加味しながら最適なパラメーターを提言することで、顧客の体験価値を高め、ネクストプレミアム層をさらに上位へと育てていく。

施策はさらに細部にまで落ちる。記念日向けワインの購買を促進したい場合、試飲会への勧誘がプラスに働く、あるいは特定の接客トークスクリプトが購買につながる、といったレべルまで因果グラフで可視化できるという。最終的なゴールを起点に、プラスに働く要因をトレードオフのバランスを取りながら選び、具体的なアクションへとつなげていけるのが因果AIの強みだ。

販促から商品開発、創薬まで ― 広がる適用領域

因果AIの応用範囲は、販促プロモーションにとどまらない。芝崎氏は商品開発への適用例も紹介した。アルコール飲料メーカーの例では、アルコール度数や色合い、マイルドさといったパラメーターを加味し、「次はアルコール度数が高く色合いの濃いビールをつくろう」と決めると、そこから製造工程をさかのぼって、必要な熟成時間や発酵時間、焙煎、ホップの投入間隔といった条件を因果関係として導き出せる。

販促や接客にとどまらず、商品開発、さらには金融商品や創薬といった領域でもプロジェクトが始まっているという。目的から逆算して要因のつながりを捉える因果AIの発想は、業種・テーマを問わず応用が利くものだといえる。

データ統合があってこその因果AI ― LTV最大化への道筋

最後に芝崎氏は、因果AIを単体の技術として捉えるべきではないと釘を刺した。「因果AIだけでLTVが最大化するわけではない。データの統合やデータ自体のリッチ化があって初めて効果が出る」(芝崎氏)。具体的には、自社データだけでなく外部データも取り込み、CDP(同社はTreasure Dataと協業)にデータを蓄積する。そこへタギング情報などでデータをリッチにしたうえで、因果AIによって施策を具体化し、マーケティングや商品・サービス開発というアウトプットにつなげる。この一連の流れ全体で取り組むことが前提だ。

最後に芝崎氏は、上位20%の顧客層の入れ替わりが激しい中で、その中の15%を担うネクストプレミアム層を見つけて育てることが、今後のビジネスにとって極めて重要になる。そしてそれを実現する具体的な手段として、すでに活用・導入が可能な因果AIがあるとまとめた。