AIやデータ利活用の重要性が叫ばれる一方で、「高額なツールを導入したのに成果が出ない」という声は後を絶たない。その分かれ目はどこにあるのか。約3,000名の体制で年間約800社のデジタルマーケティングを支援するトランスコスモス株式会社は、その答えを「CX(顧客体験)」に置く。CDPとAIを軸にしたデータ活用を、CX起点でどう「現場で回り続ける仕組み」に変えるのか。
具体的な実例とAIツールのデモを交えながら、トランスコスモス株式会社 理事/ CX事業統括 デジタルインタラクティブ事業本部(2026年度よりデジタルプロデュース事業本部に改名) 副本部長/ マーケティングイノベーション統括部 部長の竹下 公久氏と、同マーケティングイノベーション統括部 アクセラレーションマーケティング部の宮本 武直氏が語り合った。
冒頭、竹下氏はひとつの問いを投げかけた。MAやCDP、AIをすでに導入している企業は多い。だが、それで本当に成果を出せているか、という問いだ。
この実感は、データでも裏づけられている。ガートナーのレポートによれば、米国企業の約3分の2にあたる67%がCDPを導入している。ところが「その機能を使いこなせているか」と問うと、導入企業のうち約半数が使いこなせていないという。竹下氏はこの状態を「ゾンビCDP」と呼び、「今、大変もったいない状況だ」と指摘する。
この課題感は、サイト制作の現場でも肌で感じるものだと宮本氏は言う。
さらに、オンライン側と店舗側が縦割りになっており、組織横断でマーケティングを行えず苦労しているという、社内文化に根ざした相談も少なくないという。
市場のニーズは、いまやCDP単体ではなく、MAやCRM、BIなどが一体化した統合ツールへと集中している。Treasure DataもCDPにMAやパーソナライズ機能を実装し、近年はAIエージェント機能も拡充している。竹下氏は海外イベントで、複数のマイクロエージェントを束ねた「スーパーエージェント」のデモを目にし、衝撃を受けたという。ただし、と竹下氏は釘を刺す。
では、データ活用で利益を生み出すには、どこから手をつければよいのか。竹下氏の答えは明快だ。
竹下氏は、利益が生まれるタイミングに着目する。売上を上げるには、当然ながら「購入」というアクションを起こしてもらわなければならない。つまり、顧客の行動を変容させる必要がある。ECサイトで最初は興味がなかった商品でも、利用シーンやレビューを見るうちに気になり、使いやすいUIに後押しされてつい購入してしまう。購入後も、手厚いサポートや収集欲を刺激する仕掛けがあれば、関連商品まで買ってしまう。こうした「気づきを与える」「ニーズを喚起する」仕掛けをどれだけ作れるかが、CXの向上にほかならない。
「データは、その行動変容を促すために分析をしたり、トリガーに使ったりする手段だ」と竹下氏は位置づける。当たり前の話のようでいて、現場では「データをなんとかしろ」という号令のもと、データを使うこと自体が目的化し、肝心のCXがおざなりにされるケースが非常に多い。だからこそ、あえて「成功のカギはCX」というタイトルを掲げたのだという。
CX改善は、何から始めればよいのか。竹下氏が挙げるのは2点だ。第一に、顧客を知ること、すなわち顧客のカスタマージャーニーを把握すること。サイトのコンバージョンレートが低いままでは、いくら集客を頑張っても利益の大幅改善は見込めない。まずジャーニーを知り、ボトルネックを発見し、顧客体験を練り上げていくことが欠かせない。第二に、運用フェーズでの地道な試行錯誤だ。
ここから、宮本氏が具体的な支援事例を紹介した。対象は、若い女性向けから出発し、知名度向上や実店舗展開を経て、より幅広い年代層へとターゲットを広げてきたアパレルブランドだ。成長に伴い、いくつもの課題が浮かび上がっていた。
ひとつ目は、社内にデータが散在していたことだ。もともとECサイト部門だけだったところに、販路拡大で別立てのデータベースが増えていった。結果として、マーケティング本部は広告データを、営業部門は店舗などの会員情報をそれぞれ管理し、連携が取れない状態に陥っていた。ふたつ目は、ECサイトの売上の伸び悩みだ。特に新規顧客の獲得が進まず、サイトのCVRも落ち込み気味だった。加えて、データを活用したOMO戦略で「店舗でもサイトでも購入してもらえる」施策を実施したい、AI活用で業務フローを効率化し、最終的には内製化を目指したい、という要望も寄せられていた。
やるべきことは多い。竹下氏は、複数のタスクのうち最初に手をつけるべき項目を問い、宮本氏は迷わず「CX戦略の立案」と答える。竹下氏もこれに同意する。
この案件でも、CX戦略の策定から着手した。顧客情報の一元化をベースに、サイト改善とSNS配信施策を行う方針を固め、改善方針はCX設計の観点から組み立てた。具体的な施策として選んだのは、顧客情報から購入確率の高いユーザーを選別し、そのユーザーがECサイトで閲覧していた商品の割引クーポンを送るというもの。LINEを開けば、サイトでも店舗でも同じキャンペーンを受けられるオムニチャネル施策だ。
戦略が固まって初めて、データ基盤の構築に進める。竹下氏は「データを活用できる形にする」ために明確化すべき点を3つ挙げる。すなわち「どこに」「どの形式で」「どう使えるように」だ。
この明確化のため、同社は「データ活用診断」というサービスを用いた。まずデータの活用度を定量的なスコアで評価し、その後、各部門の担当者へのヒアリングを重ねて、データをどこにどの形式で格納するかといった具体的な改善方針を決めていく。「ヒアリングの回数はかなり重ねたし、データの統合は泥臭くて大変な作業の割合が結構多いのだと実感した」(宮本氏)。竹下氏も、施策の内容だけでなく、実行体制やメンバーのスキルセット、業務フローといった運用面まで泥臭く分析しなければ、施策を回し、運用を定着させることはできないと強調する。
こうして、ECサイト側のCDP(Treasure Data)にデータを集約し、施策時には営業側へ対象顧客リストを渡す設計が固まった。部門を超えるデータの閲覧権限ルールなど、システム設計図には載らない部分の折衝も丁寧に進めた。逆に言えば、戦略方針さえ決まれば、Treasure Dataの機能による統合の開発作業自体はそれほど苦労しなかったという。
デモ動画では、Treasure Data上でのデータ格納・統合と、AIによる分析が紹介された。データ格納は3ステップのドラッグ&ドロップで完了し、格納先のデータベースやテーブル、時間を指定するだけで取り込める。統合も、マスターセグメントを作成し、データベースとテーブル、プライマリーキーをプルダウンで選んで保存するだけだ。「SQLの知識がなくても、担当者レベルで簡単にデータ統合の開発までできてしまう」と宮本氏は語る。
注目すべきは、Treasure Dataに追加された「オーディエンスエージェント」というAI分析機能だ。マスターセグメントに対して「全体分析を行う」ボタンを押すだけで、AIがそのデータの顧客属性や行動データを理解する。あとは「会員ランクごとの傾向をグラフや表で表して」と自然文で投げかければ、検索結果と実行計画を提示し、会員ランク別の構成比や登録者数の推移を図示してくれる。
さらに、約500名いるジェネラル会員の中から、シルバー会員と行動が似たランクアップ候補をAIが抽出。やり取りするだけで、分析から施策候補セグメントの抽出までを完結させた。
「データが入っているだけの箱を置いておいても意味がない。だからこそ、事前の設計に時間をかけることが非常に大事だ」と竹下氏。データ開発がここまでスムーズに進むなら、その前段のシステム設計や、使いやすい運用フローを現場担当者にヒアリングすることにこそ時間を割くべきだと、宮本氏も応じる。
続くサイト改善では、CDPのサイトデータから離脱率の高いページを特定した。だが、何度改修しても数字が改善しない、担当者からも改善アイデアが出てこない、という難所だった。そこで投入したのが、同社のAIサービス「trans-AI Hack」のペルソナAIシミュレーター(現:personalab)だ。
このツールは、年齢・趣味・性別・職業などの属性を持つAIペルソナを大量に生成する。たとえば「28歳の女性デザイナー職」に「採用サイトを見て応募までの動線をたどり、感じたことをコメントしてほしい」と指示すると、人が一切操作しなくても、AIが次々とリンクをたどり、気になった点をコメントしていく。与えた属性に応じて振る舞いが最適化される点が、従来にないAIらしい強みだ。用途はウォークスルー分析にとどまらず、クリエイティブのA/Bテストにも応用できる。本来はサイトに公開してデータが集まるまで待つ必要があったA/Bテストを、AIに投票させることで、公開前に「13対11でバナーAが優勢」といった示唆を得られる。
このAIペルソナの背景には、スタートアップであるTDAIラボとの出会いがある。同社は仮想空間に何千、何万というペルソナを生成し、デジタルツイン環境で社会課題の調査やシミュレーションを行うことを得意とする。「この技術はマーケティングでも有効ではないかと考えたのが出発点だ」(竹下氏)。汎用的なペルソナだけでなく、企業の顧客データを投入して、その企業独自の顧客ペルソナを作ることもできる。
アパレルブランドの事例では、対象ページにペルソナAIのコメントを出力させると、「ヒールの高さがイメージしにくい」「フィット感が想像できない」といった声が上がった。そこで、不安を解消するレビュー動画の掲載や返品サービスの明示といった改修を行ったところ、対象セグメントのCVRが1.4倍に改善した。「クライアントにも自社の分析メンバーにも40代の女性がいなかったため、AIに指摘されるまで出てこなかった観点だった」(宮本氏)。
宮本氏は当初、CDPと定性データを掛け合わせて使うことに難しさを感じていたという。
竹下氏もこれを受け、定量データでは見えない感情や、困っている瞬間を教えてくれるのがVOC(顧客の声)だと語る。
施策の実施では、LINEと各種マーケティングツールをつなぐ自社サービス「trans-Re:Connect」を活用し、LINEクーポンによるオムニチャネル接客キャンペーンを展開した。結果、他のキャンペーンと比べて開封率が1.9倍、CVRが1.2倍に改善し、店舗来店数も増加した。「CVR1.2倍はなかなかの数字だ。データを正しく使って、しっかり改善できた好事例だ」(竹下氏)。現在、このクライアントは内製化を進めている。AIをVOC分析やサイト分析、施策相談に使うことで、現場経験のない担当者でも内製化を進められるという。竹下氏は、この事例の肝をこう総括する。
ここまで紹介した事例は作業量が多かったが、「AIエージェントを使えばより効率的に進められたはずだ」と宮本氏は振り返る。竹下氏は、効率化だけでなく品質向上の観点でもAIは効果的だと付け加える。施策の方向性を決め、判断するのは人間の役割だが、その手前の分析や施策立案、SQL作成といった作業は特別なスキルを要し、ハードルが高かった。
同社が開発を進める「AIペルソナによるシミュレーション」も、その延長線上にある。CXを考えるうえでユーザーを知ることは重要だが、毎回お金と時間をかけてユーザー調査やインタビューを行うのは現実的に難しい。そのとき出会ったのがTDAIラボの技術だった。ただし、と竹下氏は念を押す。
そして、その業務フローを設計するには現場経験とノウハウが必要であり、そこにこそトランスコスモスの現場経験と業務設計力をぶつけて支援したいという。
竹下氏が見据えるのは「データの民主化」だ。
最後に竹下氏は、同社の強みを3点に整理した。その大前提にあるのは「ユーザーファースト」だ。より良いユーザー体験の実現がユーザーのマインドシェアやLTVの拡大につながり、ひいては業績に結びつく。この基本スタンスはぶらさない。
ひとつ目は、オンライン・オフラインを横断した顧客コミュニケーション、すなわちCXを構想できることだ。
ふたつ目は、運用の強さだ。成果を出すために何をどう実施すべきかという「What」と「How」を提供できる。数々の成功事例・失敗事例に基づく戦略・施策の実行はもちろん、運用業務をきちんと回すための業務設計やBPRも得意領域であり、AIを使った業務改革まで支援できる。
そして3つ目。
ツールを導入して終わりではなく、CX起点で成果が出るまで現場に伴走する——それが、数多くのCX運用を支えてきたトランスコスモスの提供価値だと竹下氏は締めくくった。