株式会社電通

株式会社電通デジタル

AI Agent時代の1stPartyデータの企業間連携による広告活用実践例

株式会社電通
部長
前川 駿氏

株式会社電通デジタル
ストラテジー部門 ソリューション戦略部
石井 友之

AIエージェントが業務に組み込まれる時代において、マーケティングの根幹を支えるファーストパーティーデータの価値はこれまで以上に高まっている。しかしその一方で、自社だけで収集・保有できるデータには限界があり、プライバシー規制の強化やサードパーティーCookieの制限によって広告計測の精度も揺らいでいる。こうした環境変化を前に、企業はどのようにファーストパーティーデータを拡充し、デジタル広告のROIを改善していけばよいのか。

電通と電通デジタルが実践してきた「ファーストパーティーデータの企業間連携によるエンリッチメント」の考え方と、Treasure Data CDPを活用した具体的な広告活用事例について、株式会社電通 部長の前川 駿氏と株式会社電通デジタル ストラテジー部門 ソリューション戦略部の石井 友之氏から紹介された。


目次

AIエージェント時代における広告の同質化リスクとファーストパーティーデータの重要性

AIを活用したマーケティングの自動化が急速に進む中、電通の前川氏は冒頭で「AIの可能性と限界が少しずつ見えてきた段階に入った」と語り、現在マーケターが直面している根本的な課題を提起した。

その課題の核心は「同質化」だ。昨今のビッグテックが提供するAIオートメーション広告は、予算とKPIを設定すれば、面もターゲティングもクリエイティブの組み合わせも自動で最適化してくれる。しかし前川氏は「AIが学習しているデータソースは大体同じであり、ロジックも似通っているため、同じような提案がなされていく可能性がある」と指摘する。その結果として、特定の興味関心クラスターに広告が過集中し、本来リーチしたかった幅広いオーディエンスに情報が届かなくなるという問題が生じているのだ。

「特定のビッグテックAIだけに広告配信のアルゴリズムを依存するだけと多様性や意外性がなくなってしまう。クライアント側のデータやAIや、あるいは人のアイデアや工夫等、AIとAI、AIと人間の役割分担を意識することが大事だ」(前川氏)。

この「同質化」への対抗策として前川氏が強調するのが、ファーストパーティーデータの活用と企業間連携による「エンリッチメント(充実化)」だ。AIを上手に乗りこなすためには、企業固有のファーストパーティーデータを充実させ、それをビッグテックのAI最適化エンジンに適切に介入させていくことが重要になると提言する。

ビッグテックのAIモデルへの「介入」という発想転換

前川氏は、ビッグテックのAI広告最適化の仕組みを「Y=aX+bXの数式が複雑になったもの」と端的に表現し、介入の方法は本質的には2つしかないと説く。ひとつは「目的変数(Y)への介入」、もうひとつは「説明変数(X)への介入」だ。

説明変数への介入とは、「この属性の人たちは効果があるとわかっている」という事業会社側の知見、特にオフライン購買データや店舗来訪データといったビッグテックが保有していない情報を、広告配信開始前にオーディエンスシグナルとして渡す手法だ。これにより、AIの学習期間(一般的に2週間程度)の初期段階から高い精度でターゲティングを始められるという利点がある。

一方、目的変数への介入とは、サードパーティーCookieの制限によって計測できなくなったコンバージョンデータをコンバージョンAPIで補完することだ。Cookieで取れないコンバージョンをサーバーサイドから媒体に送信することで、AIが参照する教師データの量と質を高める。

「本来アプローチしたいオーディエンスは、最適化したいCPM・CTR・CVRという指標だけで最適化しても、偏りが生じる可能性はある。仮に特定のビッグテックの経済圏でコンバージョンしたユーザーにギュッと寄っていってしまうと、一見管理画面上の数字は良くなるが、情報が特定のクラスターに偏りがちという問題が起こる。ファーストパーティーデータによって、AIにこういう人たちにも届けてほしいというシグナルを送り続けることが大事だ」

(前川氏)

事例1:金融・保険業界——統計加工データで最終コンバージョンのCPAを改善

ここからは電通デジタルの石井氏が、Treasure Data CDPを活用した4つの実践事例を解説した。難易度の低いものから順に紹介されたが、最初の事例は金融・保険業界における広告最適化だ。

この事例で解決すべき課題は2つあった。1つは、CDPに蓄積されたデータを広告掲載先であるInstagramやFacebookに連携する際の「第三者提供の同意」問題。事業会社がCDPのデータを広告媒体に直接連携しようとすると、プライバシーポリシー上の第三者提供許諾を得ていないケースも多く、そのままでは連携できない。もう1つは、Webの申し込みフォームへの到達というコンバージョンだけでなく、「実際の契約実行」という最終コンバージョンにまで最適化を効かせたいというニーズだ。

これに対して活用したのが、Meta社が提供する「コンバージョンバリュールールズ(Conversion Value Rules)」という機能だ。Treasure Data CDPに蓄積されている顧客データを分析し、男性の年代別(20〜50代)に審査通過率と実契約率の傾向を把握。これを統計加工情報として変換した上で、コンバージョンバリュールールズに連携することで、各コンバージョンにグラデーション(重み付け)を付ける。

「例えばローンの審査は年齢が上がるほど通りやすい傾向がある。そのデータは確定データとしてTreasure Dataに入れてある。だから予測ではなく、実績に基づいたバリューをルールとして媒体に送ることができる」(石井氏)。

この手法の利点は、個人データを直接送信するのではなく「統計加工データ」として連携するため、第三者提供の同意が取れていないケースでも活用できる点だ。結果として最終コンバージョン(実契約)ベースのCPAが改善し、申し込みコンバージョン数も10%以上増加するという成果を上げた。

事例2: ECサイト——コンバージョンAPIで「見えないコンバージョン」を回復

2つ目の事例はECサイトにおける取り組みだ。ここで焦点となるのは、近年深刻化しているCookieによるコンバージョン計測の精度低下問題だ。

Safariはプライバシー保護の観点からリンクパラメーターが除去されるため、従来のタグベースの計測では広告経由のコンバージョンが正確に捕捉できない。これにより、広告のAI最適化に必要な教師データが不足するという問題が生じる。さらに、計測精度の低下は「除外」にも影響する。Webでコンバージョンしたユーザーを広告配信の対象から外したくても、計測できていない分の除外が漏れ、既購入者に無駄な広告が配信されてしまうのだ。

この課題に対して電通デジタルが導入したのが、Treasure Data CDPのコネクターを活用した「コンバージョンAPI(CAPI)」の実装だ。サーバーサイドでコンバージョンデータを直接各広告プラットフォームに送信することで、Cookieで取れていなかったコンバージョンを補完する。同時に、Treasure Data CDPから既購入者のオーディエンスデータをAPIで連携し、配信除外リストを精緻化した。

「重要なのはコンバージョン数が増えて見えるというだけでなく、除外の精度も上がるという点だ。タグで計測できていなかったコンバージョン者が除外されずに広告を受け続けていた問題も解決できる。両軸でプラットフォームに働きかけることが大切だ」(石井氏)。

事例3:複数事業を持つ企業——機械学習による予測スコアで配信対象を拡張

3つ目の事例では、複数の事業を展開する企業におけるファーストパーティーデータの活用拡張を扱う。ここで課題となるのは「データ量の少なさ」だ。

1つの事業のコンバージョン確定データだけを広告ターゲティングに使おうとすると、どうしてもデータ量が限られてしまい、AIの学習に十分な母数を確保できない。しかし複数事業をCDPに統合している場合、「事業Aのコンバージョン者と事業Bのコンバージョン者は近しいユーザー像ではないか」という仮説が立てられる。

そこで、Treasure Data CDPの環境内で複数事業のコンバージョンデータを横断的に分析し、機械学習によって「コンバージョンしやすいユーザーの予測スコア」を生成。確定データに加えて、このスコアを付与した拡張オーディエンスデータをAudience Studioを通じてGoogle、Meta、LINE・ヤフーなどの各プラットフォームに連携する。スコアのグラデーションに応じてデータの「重み」を変え、確定データほど強くはないが補助的なシグナルとして活用するアプローチだ。

「この機械学習はクライアント様のCDP環境内で行うことが非常に大事だ。上の確定データだけを媒体に送ると、プラットフォーム側のデータの中でしかターゲットの判断ができない。そうではなく、スコアデータも含めてより多くのデータを送り、AIが参照できるシグナルを増やすことで、配信の幅と精度を両立できる」(石井氏)。

事例4:企業間データ連携——クラウド型データクリーンルームで「持っていないデータ」を活用する

4つ目の事例は最も高度で、ファーストパーティーデータの「外部連携によるエンリッチメント」という考え方だ。自社のCDPデータだけでは優良顧客の定義に限界があるとき、通信キャリアやドラッグストアなどのパートナー企業が持つ大規模な確定データとの連携が突破口になると石井氏は語る。

例えば、通信キャリアが保有するのは数千万人規模の確定行動データだ。このデータを自社のファーストパーティーデータと組み合わせることで、「美容商品を購入したが実はアウトドアにもよく行く」といった自社データだけでは把握できないユーザーの多面的な行動特性が明らかになる。これにより、打つべき施策や配信するコンテンツを最適化できるだけでなく、より精度の高い優良顧客予測スコアの生成が可能になる。

ここで活用されるのが「クラウド型データクリーンルーム」だ。前川氏はその変化を次のように補足する。「かつてのデータクリーンルームは統計加工情報しか出せず、効果計測にしか使えないというイメージが強かった。しかし今はクラウド型のデータクリーンルームが登場しており、データクリーンルームからアクティベーションに繋ぐことも可能になってきている」(前川氏)。

この1年での変化として前川氏が特に注目しているのが、データ保有企業のデータポリシーの変化だ。「自社の直接契約の環境からはいかなる場合でもデータを出せないというデータ保有企業でも、自分たちがコントロールできるクリーンルームの中でなら連携できるという考えを持つ企業も増えた印象である。メーカーなどのブランド企業が自社のファーストパーティーデータとパートナー企業のデータをクリーンルーム内で統合・分析する動きが少しずつ広がっている」(前川氏)。

石井氏は、このアプローチが単なる広告配信の最適化にとどまらず、CRMとの連動にも展開できると強調する。「初回申し込み後のフォローアップ施策においても、外部データを活用することで最適な次の一手が変わってくる。例えばドラッグストアの購買データと組み合わせることで、初回購入者がどのような生活習慣を持つユーザーなのかをより深く理解し、2回目以降のコミュニケーション設計に活かせる」(石井氏)。

AIエージェント時代に求められる「データ資産のループ」

4つの事例を踏まえ、石井氏は次のようにまとめた。

「AIエージェント時代において、ファーストパーティーデータをエンリッチメントによってどう良くしていくかが核心だ。特に我々はデジタル広告の領域で、プラットフォーマーが持つ最適化エンジンにいかに良いデータを介入させていくかにフォーカスしている。使ったデータは皆様の資産になるため、それをAIで自動化・省力化しながら顧客体験の質を高め続けていくことが目標だ」

(石井氏)

また前川氏は、AIエージェントの登場によってファーストパーティーデータの活用可能性が広がったことを改めて強調した。

「これまでIDをどうつなげるかという作業に工数がかかり、結果的に投資対効果が合わないということも多かった。しかしAIエージェントは非構造化データも構造化データも、IDでも統計加工でも自然言語で扱えるソフトウェアなので、データの形式に関係なく業務プロセスをシンプルにつなげる可能性がある。ファーストパーティーデータ活用の魅力がより広がるポイントだ」

(前川氏)

電通と電通デジタルが今回示したフレームワークは、自社のCDPに蓄積されたファーストパーティーデータをスタート地点に、エンリッチメントによる拡充→機械学習による予測スコアリング→広告プラットフォームへの介入→効果計測と再投入というループを継続的に回し続けることで、データ資産を積み上げながらROIを改善し続けるというものだ。ビッグテックのAI任せにするのではなく、自社固有の顧客理解をAIに学習させていく。そのための媒体として、Treasure Data CDPはファーストパーティーデータの統合・活用基盤として機能するのである。

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