株式会社Looop

レガシー産業をCDP×AIで変革するデータ戦略:超速導入~活用のリアル

株式会社Looop
マーケティング本部 本部長
小林 克明
 
株式会社Looop 
マーケティング本部
CX推進部 CX推進課 課長
舟久保 拓哉

電力小売という典型的なレガシー産業から、真のエネルギーテック企業への転換を図る株式会社Looop。同社は「エネルギーフリー社会の実現」を掲げる電力・エネルギー企業である。2028年度に顧客100万件という高い目標を掲げる同社は、その変革の土台となるCDP(カスタマーデータプラットフォーム)を、キックオフからわずか数ヶ月で立ち上げた。超速導入を可能にした戦略の裏側と、解約率を計画の半分以下に抑えたパーソナライズ施策、そして電力の枠を超えたデータ×AIの未来像について、株式会社Looop マーケティング本部 本部長の小林 克明氏と、同 CX推進課 課長の舟久保 拓哉氏が語った。


目次

_O1A7738

「コモディティ中のコモディティ」をどう変革するか

Looopが身を置くのは電力・エネルギー業界であり、掲げるミッションは「エネルギーフリー社会の実現」だ。再生可能エネルギーを限界コスト0円で使えるエネルギーと位置づけ、その普及を通じてエネルギーにまつわる制約をなくし、人々が自由で創造的な社会を築くことを目指しているのだ。

スクリーンショット 2026-07-13 15.31.39

同社の歩みは2011年の東日本大震災にさかのぼる。創業者が被災地に太陽光パネルを届けるボランティアからビジネスを始め、太陽光発電所の開発・売電で事業を伸ばした。2016年の電力自由化を機に「Looopでんき」で電力小売に参入し、2022年のウクライナ情勢による業界危機を乗り越えて、創業から約15年を経た今、再び大きく成長しようとしている。「Looopでんき」の現在の契約件数は約41万件、売上は約500億円規模に達している。

同社の武器が、電力小売としては珍しい「市場連動型プラン(スマートタイムONE)」だ。電力は株式と同様に市場で売買され、卸価格は30分ごとに決まっていく。その買い付け価格をもとに提供するのが市場連動型プランであり、太陽光をはじめとする再エネが発電する昼間ほど価格が安くなる。「安い時間にうまく使ってもらうことが、自分の電気代を下げると同時に、再生可能エネルギーの普及を後押しすることにもつながる。安くなって、しかも世の中に良い。それがこのプランの強みだ」(小林氏)。こうした新しい電気の使い方を実践いただくため、同社はアプリを通じた顧客とのコミュニケーションを重視し、声を聞きながらサービスを共に育てることにこだわってきた。

一方で、課題も明確だった。100万件、そして新電力No.1という高い目標を掲げるものの、新電力は約700社がひしめく激戦区だ。さらに商材としての電力は「コモディティ中のコモディティ」だと小林氏は言う。「誰が提供しても電気は電気であり、こちらの電気のほうがきれいということは全くあり得ない。インフラゆえに、お客様は基本的に超低関与で、意識せずに使うものになっている」(小林氏)。差別化のためには顧客エンゲージメントを高めるしかないが、業界はそもそも顧客と深く対話してこなかった。その間に生活者はGoogleやApple、Amazonといった世界最高水準の体験に日常的に触れている。この巨大な差分を一気に埋めるには、ハイレベルなエンゲージメントへ踏み込む必要があった。

「じっくり1年」が「超速3ヶ月」に変わった日

当初、同社はCDPとMAを1年弱かけて導入する計画だった。事業戦略上、必ず入れるべき基盤だと考えていたからだ。ところが、その想定は外部環境の変化によって一変する。提供しているプランそのものを急遽アップデートしなければならなくなったのだ。改定内容は大多数の顧客にとって値下げという良いニュースだったが、一部の顧客には値上げとなる。「コミュニケーションの仕方を誤ると、勘違いして解約してしまうお客様がどうしても出てしまう。それが明確な懸念だった」(小林氏)。

事業成果を最大化するには、ほぼパーソナライズされたコミュニケーションを実施するしかない。そう判断した同社は、1年弱かける予定だった導入期間を事実上半分に圧縮するという意思決定を下すことになった。これが結果的に超速導入の引き金となる。

スクリーンショット 2026-07-13 16.02.01

トレジャーデータの選定理由について、小林氏はこう振り返る。CDPとMAはセットで導入する前提で複数社を比較したが、足元の課題解決のスピードよりも将来の拡張性を最重視したという。

「先々を考えたときにどういう拡張性があるか、そして電力データが将来膨大なデータになることを見据えて、トレジャーデータを選んだ。これが大きなポイントになっている」

(小林氏)

目の前の緊急施策に追われながらも、選定の軸はあくまで長期に置かれていた。

スクリーンショット 2026-07-14 10.33.41

1円単位のパーソナライズが、解約を半減させた

では、超短期で何を実行したのか。同社は値下げになる顧客と値上げになる顧客それぞれについて、一人ひとりの実際の利用実態を見たうえで新料金をシミュレーションし、1円単位で異なるメッセージとして配信した。狙いは明確に「解約率を抑える」こと。結果として、解約率は計画想定していた数値の半分以下に収まった。

tdcw2025-looop-1

だが、マーケターにとってより示唆に富むのは、その先で得られた学びだ。
配信対象は値上げ・値下げの2グループだけではなかった。シミュレーションに必要なデータがまだ不足し、精緻なターゲティングが難しいグループも一定量存在した。
このグループには、パーソナライズせずに、一般的でポジティブな情報のみを届けた。
すると、興味深い結果が現れる。
解約率が最も高かったのは、値上げグループではなく、このパーソナライズしなかったグループだったのだ。「ネガティブな情報を伝えた値上げグループのほうが、むしろ解約率は低かった」(小林氏)。

tdcw2025-looop-2

ここから導かれる教訓は重い。「たとえネガティブな情報であっても、一人ひとりに向けた情報としてしっかり意図を持って伝えれば、解約率にしっかり効いてくる。それが非常に面白かった」(小林氏)。
値上げという伝えにくい事実すら、個別最適化されたコミュニケーションへと変換すれば、顧客との関係を守る武器になる。逆に、丁寧に向き合わないことこそが最大のリスクになり得るということだ。

超速導入を成功させた要因 ―「絶対にやるべき短期施策」の力

この成功を支えた要因を、小林氏は大きく4つに整理する。なかでも特殊だったのが、明確なビジネス上のリクエストとして「超短期の施策」が存在したことだ。長期のあるべき姿(To-Be)は、CDPを導入する多くの企業が描く。問題は、そこへ向かうクイックウィンをどう設定するかにある。

「今回は、単純なクイックウィンというより、事業全体を巻き込むような“絶対にやらなければいけない”ものが、いきなりポンと現れた。これが関係者の目線を強制的に合わせるという意味で非常に良かった」

(小林氏)

スクリーンショット 2026-07-14 10.34.26

目線が合えば、横断的な協力も得やすくなる。通常は調整が難しいシステム部門の協力も、必達のオーダーがあったからこそ強制的に揃えられた。残る要因はいずれも人的リソースに関わる。MA運用を見据えて早めに採用を動かしたこと、そしてパートナー選定では相見積もりよりも品質を重視したことだ。「最初のパートナー選定をしくじると、その後がすべてダメになってしまう。だからここは明確に品質重視で、経験豊富なエキスパートに入ってもらった」(小林氏)。短期決戦だからこそ、入口の質に妥協しなかったことが全体を成功に導いた。

現場のリアル ― 実質1.3人で挑んだ同時導入の山場

ここからは現場を率いた舟久保氏が、リアルな実態を語った。キックオフは11月の頭、初回コンテンツの配信は翌年1月下旬。年末年始を除けば、約3ヶ月は相当タイトなスケジュールだった。体制はマーケティング部門が主管となり、主に2名でCDPとMAを同時に導入。しかも舟久保氏は管理職であり専任ではないため、実態としては「大体1.3人ぐらい」での対応だった。通常はオンボーディング担当や実装ベンダーが入るところを、ナレッジを頼りに走り抜けた。

_O1A7775

「体制は万全に整っている、このまま行けば大丈夫だろうと考えていたが、実際はそんなことはなかった」(舟久保氏)。立ちはだかったのは、社内外の膨大な関係者との連携である。データ連携はもちろん、サーバー側の環境設定、ログインアカウントの扱い、セキュリティ面の調整など、システム部門を中心に多くの人を巻き込む必要があった。さらにMAも同時導入していたため、配信を見据えてWebサイトやアプリの担当者、開発会社とも進める必要がある。「朝にCDP側の定例をやり、続けてMA側の定例をやり、社内のシステム部門に説明し、夜に開発会社へお願いする。そんなことを日々進めていた」(舟久保氏)。カスタマーサポートや広告運用の部門とも連携は欠かせなかった。

ここで舟久保氏が強調するのが、「決裁を取ること」と「現場が動くこと」は別だという点だ。どの会社もリソースは潤沢ではなく、多くの担当者は片手間でアサインされる。

「説明や事前準備が足りないと、仕組みがわからないから進められない、こんなに忙しいのに無理だ、という話が実際に出る。だからこそしっかり説明し、現場の人に理解してもらうことが重要だ」

(舟久保氏)

データ統合にも理想と現実のギャップが待っていた。「集めて、整理して、配信する」という基本構造は、決裁時点ではどの企業も大きく迷わず描ける。だが進めてみると現実はほど遠い。「データ統合を完璧にしてリアルタイムに配信するイメージを描くが、実際にはダーティデータが大量に発掘される」(舟久保氏)。空白のデータ、運用の中で変わってしまった仕様書、ありえない値――その多くは現場の手運用に由来する。そもそもシステムは統合を前提に運用されていない。だからこそ、見極めが要る。「今この瞬間に、そのデータが本当に必要かを冷静に判断して連携対象を見定めないと、無限に調査が続き、時間が溶けていく」(舟久保氏)。最初から理想を目指さず、必要なデータに絞る判断力が、超速導入の生命線だった。

運用フェーズの課題と、加速し始めた社内変革

導入から約1年弱が経過した現在、運用ルールの整備は進みつつあるが、「うまく挙動しないことは日常茶飯事」だと舟久保氏は率直に明かす。導入時はエキスパート1名に頼って切り抜けたものの、運用を拡大するとなると体制は明らかに足りない。社内では「あれもやりたい、これもやりたい」というニーズが次々と湧き上がってくるからだ。「ここも継続的に、早めに手を打っていくことが必要だ」(舟久保氏)。

もっとも、これは前向きな悩みでもある。結果を出したことで、社内では「システムはどうあるべきか」「データはどうあるべきか」という議論が、いろいろな箇所で急速に起こり始めた。「結果を出したことで、システムやデータのあるべき姿をめぐる議論が社内の各所で急速に起こり始めた」(舟久保氏)。スピードの速いベンチャーであり、AIを含めて技術変化も速い。だからこそ、当初描いた中長期計画をいかにブラッシュアップし、その波に乗っていけるかが問われているのだ。

電力データという最後のフロンティア ― データ×AIが描く次世代CX

講演の後半、小林氏は同社が見据える未来像を語った。鍵を握るのは「電力データ」だ。世の中にデータがあふれる中で、電力データはまだ十分に活用されていない巨大なフロンティアとして残っているという。「その価値があるからこそ、GoogleやAmazonのAlexaが家庭に入ろうとしているし、テスラも蓄電池というかたちで家に入ろうとしている」(小林氏)。加えて、これまで30分単位で見ていたデータが、国の機関の方針として1分単位のリアルタイムに近い形へと進化していく。電力データの価値は、明確に上がっていく局面にある。

ただし、100万件規模へのスケールには現実的な壁がある。市場連動の安い時間に合わせて生活を変えるのは、多くの人にとって面倒で続かない。「今やっていること自体は大事にしつつ、自分のライフスタイルに合わせて自動で最適化してほしいというリクエストにどう応えるか。そこがインフラ企業としてスケールする鍵だ」(小林氏)。その答えとして同社が打った大きな一手が、2025年のグラモの完全子会社化だ。グラモは日本初のAIエージェント搭載ホームIoT端末「ナインドット(9DOTs)」を展開する企業である。インターホンモニターを起点に、スマートロックやスマートリモコン、見守りセンサーまでを統合し、AIエージェント「グラモン」を通じて、詳しい知識がなくても会話ベースで家全体をコントロールできる。

「市場連動で電気を提供していることと、家庭内の行動データを掛け合わせたとき、できることは非常に多くなる」(小林氏)。例えば、EVを保有し翌朝8時に出発する予定があれば、それまでで最も安い時間を選んで自動で充電する。エアコンも、最初は強く冷やしたいが途中で寒くなるといったユーザーの快適性を判定しながら、安い時間にうまく節約する。安さと快適さを両立させる――これが目指す体験の中核だ。端末を通じて家中の行動データと電力データをプラットフォームに集約し、AIに学習させて顧客へ還元する。さらに家電やセキュリティ、保険といった他業界の事業者と新サービスを共創し、その学びをAIに戻していくことで、「気がついたら暮らしが良くなっている」状態を作り出すことを構想している。

スクリーンショット 2026-07-14 10.25.35そして小林氏は、この構想をCDPの文脈へと引き戻す。左でデータを集め、中央のCDPで集約し、右でアウトプットする――よくある図だが、同社はこの中央のCDPを単なる集約・配信の箱ではなく「AIハブ」として機能させようとしている。集めたデータをここで学習させ、既存のアウトプットに加え、MCP(Model Context Protocol)を通じてLLMと連携し価値を提供する。さらにデータクリーンルーム(DCR)を活用すれば、家電・セキュリティ・保険といった他業界とデータを安全にシンクし、双方のデータをリッチにしながらAIで提供できる価値を増やせる。「CDPの活用として、これは非常に強くなっていくのではないか」(小林氏)。

スクリーンショット 2026-07-13 15.53.21

レガシー産業の変革に向けた3つの示唆

駆け足の講演を、小林氏は3つの示唆にまとめた。1つ目は、短期と長期の目線を統一すること。「単純なクイックウィンではなく、ある程度事業全体を巻き込むような“絶対にやらなければいけない”短期施策を設定できると、短期と長期の両方の目線が合い、スピード感が出る」(小林氏)。同時に、体制を拡充し、パートナーの質に先行投資できていたことも重要だったという。

2つ目は、始めてからしか見えない領域があるという覚悟だ。実態としては、動かしてみて初めて見えてくる部分が非常に多い。短期のスコープはしっかり持ちつつ、その中で本当に重要なものだけにフォーカスして落としていく実行力が要る。「最初に頑張って導入してもその後トーンダウンしてしまうのは、CDPでよく耳にする課題だ。そうならないよう、運用開始後の体制やシステムの将来像も浮かべながら動かしていくことが大事だ」(小林氏)。

そして3つ目が、データ×AIへの待ったなしの姿勢である。「データ×AIは当社に限らずすべての業界で出てきており、サービスの成長上、待ったなしだ」(小林氏)。CDPがセグメントリストを作り、MAへ配信連携し、分析に使えるという役割はもちろん残る。だがそれ以上に、定量データだけでは見えないコンテキスト――LLM側では理解できないような情報――を集め、AIに学習させる基盤としてCDPを使うことで、事業はAIを通じてディスラプティブな価値を提供できるようになるのだ。

_E9A4019

すべて見る

メルマガ登録