SNSの発達や「推し活」の広がりを背景に、ブランドや商品を熱烈に支持するファンを育て、その熱量を事業成長へとつなげる「ファンマーケティング」が注目を集めている。「推し」や「ファン」という言葉はスポーツやエンターテインメントの文脈で語られることが多いが、その本質は顧客との関係性を競争優位の源泉とするあらゆる業界に応用可能な考え方だ。
今回は、スポーツ・エンターテインメント領域で進化を続けるファンマーケティングにおけるデータ活用をテーマに、男子プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」、プロサッカーリーグ「Jリーグ」、そしてモータースポーツ「F1日本グランプリ」の取り組みから、業界を問わず中長期的なブランド成長を左右するファンマーケティングのヒントを探っていく。
SNSの普及や「推し活」の広がりを背景に、熱量の高いファンを育て、その関係性を売上や拡散につなげる動きが加速している。ファンがファンを呼ぶ構造づくりが重要。
BリーグやJリーグは、来場・購買データを統合し、CRMや1to1施策を推進。リーグとクラブが連携し、獲得から定着までを設計することで、収益や入場者数の伸長を実現。
F1や各リーグは、SNSや動画配信を通じて日常的な接点を創出。UGCを促しながら、リアルとデジタルを横断したコミュニティ形成を進め、ファンとの関係を継続的に深化。
近年、顧客との継続的な関係構築につながるマーケティング手法として「ファンマーケティング」が注目されている。ファンマーケティングとは、ブランドや商品、サービスなどを熱烈に支持するファンを育成し、その強い関係性を軸に売上向上や情報発信、さらなるファンの拡大などに生かす手法になる。
ファンマーケティングが注目されるようになった背景には、SNSが普及して誰でも発信ができるようになったことや、「推し活」というキーワードの検索数が2021年から2025年までの4年で4倍になるなど「何かを推したい」と考える人が増えていることがある。さらに、近年は広告という手法に対して、あまり信用できないという感覚を持つ人がZ世代を中心に増え、新規獲得コスト(CAC)が上昇していることなどが挙げられる。

ファンがファンを呼ぶマーケティングプラットフォーム「GOOD SHARE」を提供するGOOD SHARE株式会社の田中祐介氏は、ファンマーケティングの価値について次のように語る。

「結果的に、新しい顧客を獲得する、あるいはその顧客を盛り上げるといった面で、ファンマーケティングが外せなくなってきているのかなと考えています。私は2年前までLINEヤフーでエンターテインメント領域を担当していましたが、その中で、まさにファンの熱量の高さが盛り上がりにいかに重要かということを実感しました」
ファンの熱量の高さをいかに上げていくかは、さまざまな業種やビジネスにとっても重要な要素である。そこで今回は、日本を代表する3つのプロスポーツから、データ活用の面でも大いに参考になるファンマーケティング事例を紹介していく。
2025年に10シーズン目を迎えた男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」は、「ココロ、たぎる。」を掲げ、心が瞬時に沸き立つ瞬間や空間、そして地域の創出に取り組んでいる。
リーグ編成はB1・B2・B3に分かれ、合わせて41都道府県から55クラブが所属。入場者はリーグ全体で合計553万人と、2016年の開幕時と比べて2.4倍増加しており、事業規模は800億円以上と、スタート時から4倍近くの成長を見せている。
特徴的なのは、女性ファンが半数以上を占めること。年齢層も20~40代が厚く、「推し活」の文脈が色濃く出ていると分析できる。公式SNSの総フォロワー数は約1000万人を誇り、そのうちLINEのフォロワー数が830万人以上と、圧倒的な規模感がある。

11年目となる2026年からは「B革新」と呼ぶ構造改革を予定しており、リーグのロゴの変更や、リーグ編成の表記変更、所属クラブ数や試合数の変更などを行う。さらに、競技成績による昇降格からエクスパンション型(成績ではなく、財務・施設・経営体制などの基準で参加可否を判断)のリーグへの移行や、戦力の均衡を目指したライセンス基準の引き上げ、アグレッシブな制度改革を行うことで、クラブ経営を盤石にしながら事業投資を促進し、アリーナも含めた地域創生に継続的に取り組んでいくことを目指す。
B.LEAGUE(公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)佐久間遼氏によれば、デジタルマーケティングについてはリーグがマスマーケティングや新規獲得を行い、ナーチャリングはクラブを主体にしてリーグはその支援に回り、観客の誘い・誘われを増やしていくという。

「誘い・誘われを促進するためにUGCの創出にも力を入れており、試合の映像を15秒までSNSに投稿することをガイドラインで許可しています。これらを通じて、ファン同士の関係構築を図っています」
「B革新」による改革は、デジタルマーケティングにも及んでいる。チケットサイトやファンクラブ、会員情報といったプラットフォームのリプレースに連動する形で、順次CDPやBI、MAのリプレースを進めていく。その後、会員情報とUID(LINE ID)の連携による1to1の情報発信など、1to1マーケティングにも注力していく狙いだ。

また、キーワードに日常接点も掲げる。ファンとの日常接点となるアプリについて段階的なアップデートを行い、ユーザー体験をリッチにし、接点創出と認知拡大・興味関心向上を目指していく。
「シーズンをまたいで観戦していただくと、Bリーグに長く足を運んでいただけるといったデータが見られています。そのためBリーグとしては、新規を獲得していきながらファンを定着させていくということを進めています」(佐久間氏)
図:Bリーグのデジタルマーケティングの全体像とプラットフォームのリプレース構想
1993年に開幕したプロサッカーリーグ「Jリーグ」は、日本サッカーの水準の向上や豊かなスポーツ文化の普及、国際社会での交流などを理念として、さまざまな活動を行っている。
サッカーでは世界的に英プレミアリーグや伊セリエAなどの欧州5大リーグが着目されているが、近年はJリーグも収益や入場者数が大きく伸長。2025年のシーズンも、前年比108%と好調のまま閉幕する見込み(11月1日終了時点)で、リーグの価値が継続的に向上していることから、次の10年では5大リーグに追いつくようにと制度改革を進めている。
収益や入場者数の大幅な伸長は、データ活用を軸にしたマーケティング施策やSNS運用、メディアとの連携強化の積み重ねによるものだ。具体的には、来場記録や購買データ、そのほか顧客のさまざまな属性を取り込んだデータベース、そしてそれを活用したCRMに対して、リーグが主体となって投資してきた。
さらには60ある所属クラブと連携し、価値の創出・最大化を図っている。たとえば、最近ではLINEを活用したミニアプリを提供し、チケットや会員証の表示を容易に。LINE限定キャンペーンなどと連動させるなど、サポーターやファンのスタジアム観戦がより快適になるよう取り組んでいる。また、エンゲージメントの向上を目的に、SNSも活用。XやYouTubeをはじめとするさまざまな媒体で、試合のハイライトを即時に配信する。
.png?width=866&height=486&name=TDCW2025-sportssession-8%20(1).png)
Jリーグのマーケティングで特徴的なのは、顧客を9つのセグメントに分類するフレームワーク「9segs(ナインセグ)」を使って、愚直にマーケティング施策を回していることだ。公益社団法人日本プロサッカーリーグの竹渕祥平氏によると、Jリーグでは、プロモーション部とマーケティング部の2つに部門を分け、まずは関心を持ってもらうメディア型の施策と、招待や来場を訴求する獲得型に近い施策をそれぞれ仕掛けているという。
.png?width=866&height=486&name=TDCW2025-sportssession-10%20(1).png)
図:9segsによるマーケティングのイメージ
「データ活用とCRMは本当に両軸両輪だなと考えています。今は調査用の部隊を強化しており、パネル調査やそれに購買データを掛け合わせた分析で施策を評価したり、仮説を立てたりといったことにも取り組んでいます」(竹渕氏)
また最近は、ローカルの地上波テレビとSNSの関連性に独自の強みを見出している。地上波テレビやCXにはJリーグの応援番組があり、番組が放送されるたびにSNSでトレンド入りするなど、UGCが創出できているのだ。

「今はまだモニタリングしている段階ですが、そこでの新しいファンベースと掛け合わせて、Jリーグ自体の盛り上げにどうつなげられるかを重要視しながら、今後に向けた取り組みを検討していきたいと思っています」
F1日本グランプリは、鈴鹿サーキットを舞台に1987年から開催されているモータースポーツの国際大会である。
最近は、Netflixによるレースの裏側ドキュメンタリーの配信や、Z世代をターゲットとしたデジタルマーケティング、ブラッド・ピットが主演した「F1 The Movie」の世界的大ヒットによって、グローバルや日本国内でもブームが巻き起こっており、国内のファン層は50~60代の往年ファンを中心に、10代後半から20代前半にも広がっている。
.png?width=866&height=486&name=TDCW2025-sportssession-11%20(1).png)
図:鈴鹿サーキット全体の来場者の年齢層。F1日本グランプリのファン層はピンクのラインで表示されている
グローバルでは8億人のファンがいると言われており、年間24レースのテレビ視聴者数はのべ16.5億人、1レースあたりでは平均8500万人。2025年のNBAの決勝戦が2000万人、2024年におけるUEFAチャンピオンズリーグ(サッカー)の決勝戦のテレビ視聴者数は4000万人であることを考えると、非常に大きなファンベースを持っている。
また、2025年4月に開催されたF1日本グランプリには、3日間で26.6万人が来場。そのうち、35歳以下は33%を占めた。

「F1日本グランプリは年に1回、数日しか開催されません。つまり、ファンは日曜日に鈴鹿で熱狂しても、翌日から日常にF1があるわけではありません。多くのファンは1年に1度のレースを心待ちにしながら、それ以外の期間は静かに過ごしているのが実情です。その中で日本国内にどのようにファンコミュニティを形成していくのか。それが我々のテーマです」
リアルイベントの熱狂を一過性で終わらせないため、F1日本グランプリではデジタル上で年間を通じた接点設計に注力している。SNSや動画コンテンツを通じて接触頻度を高め、ファン同士が語り合える場を育てることで、年1回の熱狂を365日の関係性へと拡張していく。

「今後も、いかにF1を知っていただくかということには愚直に取り組んでいきたいと思っています。また、グローバルでは多くの企業がF1をマーケティングプラットフォームとして活用していますが、日本企業によるビジネス投資はまだ限定的です。スポーツイベントとしてだけでなく、グローバルブランドとの接点やマーケティングプラットフォームとして捉えていただければ、新たな可能性が見えてくるのではないでしょうか」(上甲氏)
以上、Bリーグ、Jリーグ、F1日本グランプリという3つのスポーツ事例を通じて、ファンマーケティングの進化を見てきた。
そこに共通しているのは、データとデジタルプラットフォームを横断的に活用しながら、ファンとの関係性を継続的に深めている点だ。スポーツ領域で磨かれてきたこれらの手法は、業界を問わず応用可能である。熱量の高い顧客との関係をいかに育てられるかが、中長期的なブランド成長を左右する。
