株式会社エキップ(花王グループ)

パーソナライゼーションの未来を切り拓く ~エキップのカスタマー・オーケストレーションへの旅~

株式会社エキップ(花王グループ)

DX推進部 部長

鳥橋 葉子

花王グループのプレステージ化粧品メーカーであるエキップは、RMK、SUQQU(スック)、athletia(アスレティア)という3つのブランドを通じて、一人ひとりにふさわしい「美しさ」を届けることを目指してきた。その理想を技術面から支えるのが、データを活用した“究極のパーソナライゼーション”である。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。データの分散、施策効果測定の難しさ、組織の縦割り——多くの事業会社が直面するのと同じ壁が、エキップの前にも立ちはだかったのだ。

株式会社エキップ(花王グループ)DX推進部 部長の鳥橋葉子氏が、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)の導入から全社定着に至るまでの「カスタマー・オーケストレーションへの旅」について、その道程を紹介した。

 


目次

3Z7A1080

「一人ひとりにふさわしい美しさ」を追求する花王グループのプレステージブランド

株式会社エキップは、1996年に設立された花王グループの一社である。花王は日本最大級のFMCG(日用消費財)メーカーの一つであり、その中でエキップは、RMK、SUQQU、athletiaという3つのプレステージ化粧品ブランドを運営している。主な販売チャネルは、百貨店、直営店舗、直営EC、そしてAmazonなどのプラットフォーマーだ。リアルとオンラインの売上比率はおよそ8対2から7対3。このうち、顧客データを直接取得できるダイレクト販売(百貨店・直営店・直販EC)が、ビジネス全体の6〜7割を占めている。

鳥橋氏が責任者を務めるDX推進部のミッションは、(1)DX人材の育成と業務効率化、(2)デジタルを駆使した顧客体験価値の向上、(3)データドリブンなビジネスの推進、(4)次世代システム構築と最適な売り場の提供——の4つである。そして、その実現に向けた中核ツールが、トレジャーデータが提供するTreasure Data CDPだ。エキップがCDPで実現したいことは明確だった。お客様一人ひとりにふさわしい美しさを提供すること、究極のパーソナライゼーションを実現すること、そしてデータを活用した顧客理解を深め、カスタマーエクスペリエンスを向上させることである。

データ分断・効果測定・一貫性——CDP導入前に抱えた3つの課題

エキップがCDPを導入する前に抱えていた課題は、大きく3つに整理できる。1つ目は、お客様のデータが分断され、統合に限界を感じていたことだ。購入データ、アンケート回答データ、Web上の行動データは、それぞれ個別には取得できていたものの、1つのIDに統合されていなかった。2つ目は、施策の効果検証が不十分だったこと。オンラインで配信した広告の結果をオンラインのコンバージョンで見ることは容易だが、その施策が店舗への来店やお客様の満足度にどれだけ寄与したのかは測れていなかった。3つ目は、コミュニケーションの一貫性の欠如である。1人のお客様に対して、異なるタッチポイントで違う商品を勧めてしまったり、すでに購入いただいた商品の広告を出し続けてしまったりといったことが起きていた。

これらの課題を解決するために選んだのがTreasure Data CDPだった。決め手は3つある。親会社である花王がすでにTreasure Data CDPを活用していたという実績、170を超える各種ツールとの連携コネクターが用意されていること、そしてSQLを書かなくてもノーコードでスピーディに導入できることだ。導入にあたっては外部パートナーの力も借り、「5つのA」というストラテジックマーケティングフレームワークに沿って進めた。すなわち、データを1つのIDに統合・集約する「Associate」、統合データをもとにCRMアクションを行う「Action」、その成果をリアルタイムに把握する「Analyze」、これらを自動化する「Automate」、そして増幅させる「Amplify」である。

tdcw2025-equipe-2

中でも鳥橋氏が個人的に最も重要だと強調したのが、3つ目の「Analyze」だ。アクションがどのような成果を生んだかをリアルタイムで把握できる仕組みを事前に整えておくことが、データ活用の質を大きく左右するという。もっとも、フレームワークに沿ってCDPを導入したものの、当初は正直なところ「使いこなしている」とは言い切れなかった。ツールを入れることと、それを組織として活用しきることの間には、大きな隔たりがあった。

CDP活用を阻む「5つの壁」をどう乗り越えたか

講演の中で実施された来場者アンケートでも、CDP活用のハードルとして「組織やプロセスの分断」が最も多く挙げられ、続いて「スキル・人材不足」、「データの統合・品質・ROIコスト」、そして「既存レガシーシステムとの連携」という結果が示された。鳥橋氏は、エキップがこれらすべてのハードルを実際に感じていたと明かす。そして、それらを次の5つのステップ(チャレンジ)で一つずつ乗り越えてきたと語った。すなわち、(1)道しるべを提示する、(2)企業文化を変えて部門間連携を生み出す、(3)データの1ID化と統合、(4)施策評価の枠組みの構築、(5)データの民主化——である。

tdcw2025-equipe-3

チャレンジ1:「道しるべ」を示し、小さな成功体験を積み上げる

CDPを導入して究極のパーソナライゼーションを目指すという方向性は、マーケティングメンバーも営業メンバーも理解していた。しかし、「それが具体的にどんな体験になるのか」「どんな良いことがあるのか」という、目指すべきTo-Beの姿はクリアではなかった。そこでエキップはまず、目的地の姿を具体的に描いて見せることに取り組んだ。社内ではブランド横断的なプロジェクトを組み、第1ステージ(基礎の構築)、第2ステージ(PoC)、第3ステージ(発展フェーズ)という段階を設定。バイステップで小さな成功体験を積み上げられるよう、マイルストーンを丁寧に設計した。

tdcw2025-equipe-4

前職でコンサルタントの経験を持つ鳥橋氏自身がプロジェクトマネジメントを担い、タスクを分解し、計画を策定し、各ブランドのメンバーにカスタマージャーニーを描かせ、あるべき顧客体験から導かれるシナリオを設計するよう働きかけた。プロジェクトは3ヶ月周期で運用。シナリオを設定し、評価し、課題を見つけて修正し、また次の3ヶ月を回す——という形で、クイックにスプリントを繰り返すアジャイルな進め方を徹底した。プロジェクトのリードを外部コンサルに丸投げするのではなく、各ブランドの強みを理解する社内人材やDX推進部のメンバーがプロジェクトマネージャーを務め、その下に各ブランドのマーケティング・コミュニケーション・セールスの各チーム、そして技術支援の外部パートナーが加わる体制で、全員が一丸となって取り組んだ点が特徴だ。

チャレンジ2:企業文化を変え、部門間の壁を壊す

2つ目のチャレンジは、組織文化の変革と部門間連携である。かつてのエキップでは、オンラインの売上とオフライン店舗の売上が互いにパイを取り合うような意識が社内に根づいており、営業部とマーケティング部が会話を交わすカルチャーが乏しかった。この状況を変えるため、同社はカスタマーセントリック(顧客視点)で考えることに注力した。

その大きな転機となったのが、2022年に導入したパーセプションフロー・モデルというマーケティングフレームワークだ。これはカスタマージャーニーマップの進化系とも言えるもので、ブランドを知らない状態から、興味を持ち、試し使いをし、満足し、再購入に至るまでの各ステータスにおいて、お客様がどんなアクションを取り、どんな気持ちを抱くのか、そしてそれに対してブランドがどんな知覚刺激を与えれば次のステップへ動かせるのかを書き起こしていく。3つのブランドそれぞれで、関係者全員が集まってこのマップを作成した。

「このマップを書き始めると、お客様は1人の繋がった人間であり、店舗での購入もオンラインでの体験も、お客様にとっては一連の動きなのだと見えてくる。オンラインとオフラインは売上を奪い合っているのではなく、むしろ補完し、共存する関係にあると気づける」

(鳥橋氏)

このワークショップを経て、企業文化は確かに顧客観点へと動いたという。

tdcw2025-equipe-12

さらにエキップは、オンラインとオフラインを融合させるOMOの視点を持ち続けることを社内に啓蒙し続けた。データ活用の肝となるデータ取得においては、特に店頭でのインプットに力を注いだ。百貨店のカウンターでは、販売員がお客様にどの製品を購入いただいたかだけでなく、どんな商品を紹介したか、どんなサンプルを差し上げたか、マッサージやお試しメイクといったどんなサービスを提供したかまで、できる限り細かく記録している。これを行うかどうかで、その後の顧客理解の解像度は大きく変わる。

「あなたたちが入力したデータが、次はこう活用されて、あなたたちのお店に戻ってくる——そこまできちんと伝えた上で、データ入力に協力してもらっている」と鳥橋氏は語る。現場に手間をかけてもらう以上、その意義とリターンを丁寧に共有することが、データ文化を根づかせる鍵となった。

チャレンジ3:すべての根幹となる「シングルID統合」

3つ目のチャレンジは、データをシングルIDへ統合することだ。エキップは5年前、店頭とECの会員IDを統合した。当時はお客様に登録し直していただく必要があり、それを案内する店舗スタッフも大いに苦労した。しかし今振り返れば、その苦労はあり余るほどに報われていると鳥橋氏は言う。

「一人のお客様を一つのIDに統合することは、すべてのデータ活用の根幹中の根幹だ」

(鳥橋氏)

その上で、IDに紐づくデータをここ数年かけて充実させてきた。当初は購入履歴のみだったものに、店頭での接客履歴、Web上での行動履歴を加え、さらに自社サイトで配信するライブショッピングについては、お客様がいつどのコンテンツを見て、いつハートマークを付け、いつコメントをしたかまで取得している。加えて、LINEやメールの配信履歴、NPSアンケートの回答履歴、イベントの参加履歴など、多様な情報を1つのIDに集約してきた。

tdcw2025-equipe-13

こうして集約したデータをもとに、ジャーニーオーケストレーションによって、タッチポイント間でお客様へのコミュニケーションが一貫したものになるようシナリオを再設計した。例えば、あるお客様がデジタル会員証に登録し、その2日後にECでアイシャドウを購入する。するとすぐにLINEを受け取り、用意されたコンテンツにアクセスする。2ヶ月後には大阪の店舗にアイシャドウを試しに来店し、その2日後に購入。さらに5日後には、人気のコンテンツである「スタッフレビュー」で正しい使い方を学び、合わせ使いしやすい別の商品を購入する——こうしたお客様の一連の動きを、非常に高い解像度で捉えられるようになった。そして、これらのマーケティングアクションが、施策を送った人と送っていない人を比べてお客様の満足度や売上リフトにどれだけ寄与したかまで、把握できるようになったのである。

チャレンジ4:オンラインもオフラインも測る「施策評価の枠組み」

4つ目のチャレンジは、施策評価の枠組みづくりだ。エキップでは、ある施策を実施する際に、あえてその施策を行わないコントロールグループを全体の1〜3%確保しておく。その上で、ジャーニーオーケストレーションによってLINEやメールの配信、広告配信、Web接客など多様なタッチポイントで施策を行い、コントロールグループと各タッチポイントに接触した顧客との間で、どれだけ売上リフトが生まれたかを把握できるようにしている。重要なのは、この売上リフトをオンラインの購入だけでなく、オフライン店舗での購入も含めて評価している点だ。

tdcw2025-equipe-8

さらに、施策の評価を毎回外部パートナーに依頼するとコストがかさんでしまうため、自社内で完結できる仕組みも整えた。ベンダーに簡単なSQLのフレームワークを作ってもらい、専用のエクセルシートも用意。SQLを実行して結果をエクセルに貼り付ければ、すぐに効果が表示される。鳥橋氏は「だいぶアナログな仕組み」と表現したが、内製で機動的に効果検証を回せる体制こそが、施策改善のスピードを支えている。

チャレンジ5:「データの民主化」で全社員をデータユーザーに

5つ目のチャレンジが、データの民主化だ。Treasure Data CDPはSQLを書けないユーザーでも簡単にデータを取り出し、分析できる。しかし、エキップが求めるレベルの細かいデータを出すには、やはりSQLを書く必要があった。ところが、本社スタッフ約230名のうち、SQLを書ける人材はたった1人だったのである。

tdcw2025-equipe-9

この1人が大いに奮闘し、約100個のSQLテンプレートからなる「SQLライブラリー」を整備した。商品コードや店舗コード、日付、お客様の年齢やタイプといった変数を社内ユーザーが書き換え、そのSQLをコピー&ペーストしてTreasure Data CDPに貼り付ければ、目的に応じてある程度集計されたデータが出てくる。これを社内に公開したところ、結果はこちらの想像をはるかに超えるものだった。

3Z7A1047

「SQLは誰もが見て分かる言語ではないし、特に営業チームはあまりIT的なものに触れてこなかった。それでも、皆が機器を扱うようにこのSQLライブラリーを使い始め、ITに疎いと自認していたメンバーまでもがTreasure Data CDPにアクセスしてデータを取り出すようになった」

(鳥橋氏)

成果——新シナリオで売上引き上げ効果140%改善を達成

5つの壁を乗り越えたエキップは、昨年、新たな施策で具体的な成果を上げた。題材となったのは、あるブランドで新規のお客様を2回目購入につなげるシナリオだ。このシナリオ自体は5年ほど前にローンチ済みだったが、メールとLINEでしかコミュニケーションが取れていない、売上リフトを正確に捉えられていない、といった課題を抱えていた。そこで今回、4つの改善を加えた。

1つ目は、ジャーニーオーケストレーション機能を活用し、LINEやメールに限られていたタッチポイントを拡張したこと。2つ目は、コントロールグループを設け、オンライン・オフラインの双方で売上リフト効果を正確に測定できるようにしたこと。3つ目は、Web接客ツールでのコミュニケーションを新たなタッチポイントとして加えたこと。そして4つ目が、これまでメディアとして活用できていなかったEC配送時の明細書に着目し、必ずお客様の目に触れるこの明細書をワントゥーワン化してシナリオに組み込んだことである。

tdcw2025-equipe-10

その結果、旧シナリオと比較して、売上引き上げ効果は140%もの改善を見せた。さらに、2回目購入へのコンバージョンレートは114%、ニュースレターへの登録率は111%改善。社内でも非常に大きな成果として受け止められている。タッチポイントの拡張と、コントロールグループによる正確な効果測定を組み合わせることで、改善のインパクトを数字で明確に示せた点に、これまでの5つのチャレンジの積み重ねが結実している。

tdcw2025-equipe-11

データが描く未来へ——ゼロパーティーデータ、AI、チャネル連携

これまでデータをリッチにすることに注力してきたエキップは、今後さらに3つの取り組みを進めようとしている。1つ目は、ゼロパーティーデータの収集と活用の強化だ。同社は年に数回、お客様にどんな美しさを求めているか、ブランドにどんな期待を抱いているかといった価値観を尋ねる詳細なアンケートを実施している。しかし、これまでその回答をCDPに十分に取り込めていなかった。今後はこうした価値観データもCDPに取り込み、マーケティングアクションに活かしていく方針だ。

2つ目はAIの活用である。鳥橋氏は、Treasure Data CDPが備えるAIエージェント機能をぜひ試してみたいと意欲を見せた。3つ目は、非直販チャネルのデータ連携だ。Amazonや百貨店のECといったチャネルは、現時点ではまだお客様のワンID化に至っていない。今後はこうしたチャネルとも協力しながら、より多くのデータを収集し、活用の幅を広げていく考えである。

エキップのストーリーが示すのは、CDPという強力なツールを導入することがゴールではないという事実だ。データの統合、効果測定の仕組み、そして何より組織の文化と人——これらを地道に変えていく「カスタマー・オーケストレーション」の積み重ねこそが、究極のパーソナライゼーションを実現する道筋となるのだ。

3Z7A1115

 

 
すべて見る

メルマガ登録