- サントリーホールディングス株式会社
デジタル本部 デジタル推進部 課長
右近 幸一氏
飲料メーカーは、商品が消費者に届くまでに流通が介在するB2Cビジネス構造ゆえ、誰がいつ何を購入したかというファーストパーティーの購買データを自社で直接取得することが難しい。この構造的制約を抱えながら、いかに顧客起点のマーケティングを実現するか——そのリアルな挑戦を続けているのが、サントリーホールディングス株式会社のデジタル推進部だ。同社は3,700万人規模のLINE公式アカウントを筆頭に、グループ全体で50以上の顧客接点を保有している。
Treasure Data CDPを活用したセグメント配信や予測モデルの構築を通じて、この巨大な顧客基盤を真に顧客起点のコミュニケーション基盤へと進化させる取り組みについて、サントリーホールディングス株式会社 デジタル本部 デジタル推進部 課長の右近幸一氏が語った。
3,700万人
グループ全体で50以上のLINE公式アカウントを保有するサントリーは、最大規模の総合アカウントで3,700万人という巨大な顧客接点を持つ。この基盤を単なるマス配信メディアから脱却させ、Treasure Data CDPを活用したセグメント配信によって真に顧客起点のコミュニケーション基盤へと進化させている。
12.6ポイント向上
LINEデータクリーンルームを活用し、4カ月以上未開封の顧客と直近開封者を分けてセグメント配信を実施。開封率が12.6ポイント上昇し、実際のアクション数は全体配信時とほぼ同水準を維持しながら、無駄な配信コストの削減を実現した。
複数のデータソースを統合分析
アンケートデータ、消費者キャンペーンの購買実績、LINEデータクリーンルームのデータ、外部サードパーティーデータを機械学習に掛け合わせたプレディクティブスコアリングを実装。友達登録期間やクリックインターバルなど、従来は見過ごされていた変数が購買予測との高い相関を示すことが明らかになった。
目次
メーカーならではの難題 - 顧客データを持てないB2Cビジネスの構造的課題
「天然水で粉ミルクを飲んでいただいて、小学生・中学生で甘いジュースを覚えていただいて、大学を卒業して20歳になったらビールをおいしいと楽しんでいただいて、ちょっと高いウイスキーも嗜み、最後は長生きするためにサプリメントを飲んでいただく——ゆりかごから墓場まで、そういう顧客基盤を作っていきたい」と、サントリーホールディングス デジタル推進部の右近幸一氏は語る。

サントリーグループは1899年の創業以来、赤玉ポートワインに始まり、国産ウイスキー、ビール、飲料、健康食品と、幅広い事業領域を展開してきた。グループ全体で260社以上を擁し、年間売上は3兆円規模に達する。国内事業が1.4兆円強、グローバルが1.5兆円超と、海外売上比率が国内を上回るほどに成長した大企業だ。「やってみなはれ」という創業者から受け継がれる挑戦の精神、そして得た利益を社会や顧客に還元する「利益三分主義」を大切にする企業文化は、デジタルマーケティングを担う右近氏らの活動の根底にも流れている。
しかし、これだけの規模を誇るサントリーにとって、マーケティングにおける根本的な課題がある。それは、メーカーであるがゆえに消費者の購買データを直接取得することが難しいというB2Cビジネス構造の問題だ。スーパーやコンビニエンスストアなどの流通を介して消費者に商品を届けるモデルでは、誰がいつ何を買ったかというデータは基本的に流通側に帰属する。デジタルマーケティング施策を高度化しようにも、その土台となる購買データが自社に蓄積されないという構造的な制約がある。
右近氏が所属するデジタル本部の顧客基盤グループは、こうした課題を解決するために設置された組織だ。同グループのミッションは、個別のブランドや事業ごとに存在する顧客接点を横断的に統合し、一人ひとりの顧客をグループ全体で捉え直すことにある。
「お客様を個別ブランドの顧客としてではなく、一人の人間として捉えながら、ライフステージに合わせて我々の製品の楽しみ方を横断的に体験していただけるような価値を提供したい」
(右近氏)
3,700万人のLINEアカウントを「マス媒体」から「顧客接点」へ
こうした課題を解決するための突破口として、右近氏が着目したのがLINE公式アカウントだ。日本国内でスマートフォンユーザーの約9割が利用するLINEは、企業がIDベースで消費者と直接つながることができるほぼ唯一のプラットフォームとも言える。
サントリーのLINE公式アカウントへの取り組みは、すでに相当の規模に達している。総合アカウント「サントリー」は3,700万人、お酒に特化した「大人のサントリー」は2,500万人の友だち登録者数を誇る。さらに、特茶やエナジードリンク、プレミアムモルツ、ボスなどブランド別のアカウントも加えると、グループ全体で50以上のLINE公式アカウントが存在することが明らかになった。
しかし、これほどの規模の接点を持ちながらも、これまでの活用は主として一斉配信による「マス広告的アプローチ」にとどまっていた。「アカウントにとにかく友達をたくさん貯めて、一斉配信をして、純マスアプローチができる基盤だという期待を持っていた媒体だった」と右近氏は振り返る。友だち登録者のうち、実際に配信メッセージを継続的に開封しているアクティブなユーザーがどのくらいいるのか、そしてその比率をいかに改善するか——こうしたCRM的な視点が欠けていたのだ。
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この状況を変えるため、右近氏はTreasure Data CDPを活用したセグメント配信の強化に着手した。PoC(概念実証)を積み重ねながら、段階的に活用の幅を広げていくアプローチを採用。「すべてを一気にやりたいと飛びつきたくなったが、ひとつひとつ事例を積み重ねて実績を重ねていこうという、さすがトレジャーデータらしい提案だと思いながら進めてきた」と右近氏は語る。
LINEデータクリーンルームで開封率12.6ポイント向上を実現
最初のステップとして実施したのが、LINEデータクリーンルームを活用したセグメント配信だ。LINEデータクリーンルームとは、LINEヤフーが提供するソリューションで、企業がLINE公式アカウントを通じて取得した顧客行動データと自社データを掛け合わせた分析を行い、そのセグメントを直接配信に活用できる仕組みだ。
まず取り組んだのは、開封率の改善だ。一斉配信を続けてきた総合サントリーアカウントのメッセージについて、直近何カ月間も開封されていないユーザーがどの程度存在するかを分析した。結果は「確実に開いている層と開いていない層というのが時期によっても一定影響がある」ことを示し、未開封ユーザーが相応に存在することが確認された。
さらに分析を深めると、2〜3カ月を超えると未開封の傾向が頭打ちになることが分かった。この知見をもとに、3〜4カ月を境界として未開封ユーザーへのコミュニケーションを分けるセグメント配信を実施。その結果、4カ月以上未開封のユーザーと直近開封ユーザーを分けて配信した場合、開封率が12.6ポイント上昇するという成果が得られた。
さらに注目すべきは、セグメントを絞ることで配信リーチ数は減少するものの、実際に開封してアクションを起こしたユーザー数は全体配信時とほぼ同水準を維持できたという点だ。つまり、必要なリーチを維持しながら無駄打ちをなくすことができ、各事業の配信コスト削減に直接貢献できたのだ。
50以上のアカウントを横断する顧客構造の可視化
もうひとつの取り組みが、グループ内の複数のLINE公式アカウント間の顧客重複状況の可視化だ。50以上存在するアカウントを横断的に活用するためには、どのアカウントにどのような顧客がいて、どのアカウントとどのアカウントがどの程度重複しているかを把握する必要がある。
LINEデータクリーンルームを使って重複分析を実施したところ、直感に反する実態が明らかになった。例えば、総合アカウントとお酒特化アカウントは代表的な企業アカウントであるため「友だち登録者がほぼ重複しているだろう」と想定されていたが、実際には数10パーセント規模で一方にしかいない顧客が存在することが判明した。また、プレミアムモルツのブランドアカウントとお酒特化アカウントを比較しても、双方に未登録のユーザーが相当数いることが分かった。
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この分析結果を受けて、アカウントを横断した相互送客施策の可能性が見えてきた。例えば、ボスのアカウントに登録しているものの総合サントリーアカウントには未登録のユーザーと、両方登録しているユーザーをセグメントし、総合アカウントから異なるメッセージを配信するという施策が構想されている。未登録のユーザーには新規獲得として、既登録のユーザーには休眠解除やリピート促進として働きかけることで、グループ全体の顧客基盤を効率的に活性化できると右近氏は期待する。
プレディクティブスコアリングで「マイルドCRM」を実現する
データクリーンルームの活用と並行して進めてきたのが、Treasure Data CDPのプレディクティブスコアリング機能を活用した購買意向予測モデルの構築だ。これはいわゆる機械学習を用いたルックアライク(類似ユーザー拡張)セグメントの生成であり、メーカーとして購買データを直接取得できないという構造的制約を補うための重要なアプローチとなる。
これまでも、「ビール好きですか」というアンケートへの回答データや、消費者キャンペーンへの参加履歴、外部から取得したサードパーティデータを活用したセグメンテーションは行われてきた。しかし、社内のブランド担当者からは「このデータ、本当にビール好きに届いているのか」「5〜10年貯めているデータベースは情報が古いのではないか」「直近1〜数カ月のお客さんのマインドについてこれていないのではないか」といった疑問の声が上がっていた。
そこでTreasure Data CDPのプレディクティブスコアリングを活用し、複数のデータソースを機械学習に掛け合わせる取り組みが始まった。投入したデータは、購買意向を問うアンケート、消費者キャンペーンを通じた購買実績、LINEデータクリーンルームのエンゲージメントデータ、そして外部サードパーティデータだ。
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機械学習の結果として明らかになったのは、予想外の変数が購買予測と強い相関を持つという事実だった。
「友だち登録期間やクリックインターバルがどの程度関係あるのか、実際にビールのバナーを配信したときにクリックした、そのクリックの前回クリックからどれぐらいスパンが空いたら購買の相関度が高いのかという、ひとつのデータを複数の切り口で分けてみたときに、どこが相性がいいかが明確になってきた」
(右近氏)
つまり、従来型の「カテゴリーが好きか嫌いか」という属性データだけでなく、顧客の行動パターン、特にエンゲージメントの時系列変化が購買予測において重要な役割を果たすことが可視化されたのだ。

このアプローチは、同社が「マイルドCRM」と位置づける考え方とも符合する。消費者の販売データを直接取得できない以上、ワントゥーワンマーケティングをそのままの形で実現することは難しい。しかし、顧客を特定のシーンやビールを楽しんでいただけそうなタイミングにおいてセグメント化し、購買の接点を作っていくという「マイルド」なアプローチであれば、データの制約の中でも十分に顧客起点のコミュニケーションを実現できる。プレディクティブスコアリングはこの「マイルドCRM」を技術的に支える核心となるのだ。
データ活用を加速させる「縦割り組織の壁」の乗り越え方
一連の取り組みを進める中で、右近氏が最も重要だと感じた学びは、技術的な課題よりも組織的・運用的な課題の解決だという。
具体的には、プロジェクトに関わるステークホルダーが「縦割り」で動いている点が大きな障壁となった。顧客データを保持・提供するIT部門(情報システム部門)、実際に施策を実行するブランド担当者や横断アカウント運用メンバー、配信オペレーションを担う代理店——これら三者は通常、全く異なる業務フローで仕事をしている。セグメントデータが完成しても、それを実際の配信に活用するためには、代理店側のオペレーションにも「こういったセグメントデータを使ってください」という連携が必要になる。
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「これをおざなりにすると全然スピード感が出なかったり、やっても『こんなデータ使えない』となってしまう。成果ありきで動くことにすごく重要なポイントがある」(右近氏)
デジタル部門という横断的な立場から、IT部門・事業担当・代理店を繋ぐ役割を担ったことが、プロジェクトを前進させる上で不可欠だったと右近氏は強調する。
また、Treasure Data CDPのパートナーとしての役割も大きかったと右近氏は評価する。
「バックエンドのデータに非常に詳しく、Treasure Data CDPのプラットフォームだけでなく、弊社が自社で持っているGoogle BigQueryのようなプラットフォームについてもしっかり知見があり、そこからデータを取るならこういう方法がいいとアドバイスしてくれる。逆に、完成したセグメントをLINEのアカウントプラットフォームでこう接続できるといったメディア側のスキルやマーケティング知識も豊富なエンジニアがいた。それが、縦割りで仕事をしている三つのチームを繋げることに大きく貢献した」
(右近氏)
生成AI時代に向けた次のステップ——「指示するだけでセグメントが生成される世界」
ひとつずつ着実に成果を重ねてきたサントリーの顧客データ活用だが、右近氏はさらに先のステップを見据えている。その中心にあるのが、LLM(大規模言語モデル)をはじめとする生成AIの本格活用だ。
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「ビールの次はウイスキーのセグメントを作りたいとなったとき、ウイスキーにはどんなデータが必要なのかをすべて人手でやっているとそれなりに大変だ。そうした業務の効率化もできると思う。さらに驚いたのは、本当に企画まで立案するようなエージェントができるということだ。このデータが入っているから、こういうビール好きそうだが普段は競合のビールを飲んでいそうな顧客に当ててほしいと言えば、この人だと示してくれそうな気がした。進化が止まらないとワクワクしている」
(右近氏)
自社オウンドメディアの観点でも、メールマガジンやWebサイト、LINEのミニアプリなど、接点の多様化が進んでいる。こうした複数チャネルに対して汎用性を持った顧客基盤を構築することが、次の課題となっている。
右近氏が最後に強調したのは、「全部急に手を出さず、ひとつずつ着実に成果を残しながら基盤を強化していく」という姿勢の重要性だ。マーケティングテクノロジーは目まぐるしく進化し、できることの幅は急速に広がっている。しかしだからこそ、何から手をつけ、どのような順序で積み上げていくかという戦略的な判断が、データドリブンマーケティングの成否を左右するのだ。

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