株式会社集英社
外部購買データと自社データを掛け合わせ、AIエージェントで顧客理解を深化。集英社の新たなるデータ活用戦略
- 右
- 株式会社集英社
IT戦略企画部 データマーケティング室 室長
石塚 雅延氏 - 左
- 株式会社集英社アーツ&デジタル
データマーケティング部 プロフェッショナルエキスパート /
株式会社集英社
IT戦略企画部 データマーケティング室
竹山 健司氏
2026年8月に創業100周年を迎える総合出版社の集英社では、新たな段階のデータとAIの活用を進めている。自社データの統合・活用に加え、外部の購買データとの連携や、それらを活用するためのAIエージェントの導入など、先進的な取り組みを展開している。
こうした取り組みを主導する石塚雅延氏と、現場で活用できる仕組みづくりを担う竹山健司氏に、その背景や狙い、今後の展望について話を聞いた。
AIエージェントによる顧客理解
AIエージェントによる顧客分析を推進。読者理解の深化とマーケティング施策の高度化を進める
VD+の外部データと連携
Vポイントの購買データと自社データを組み合わせることで、顧客像の把握や新たなインサイトの獲得を推進
Treasure AI Studioによる迅速な実装と改善
部門ごとにカスタマイズしたAIエージェントを短期間で構築。現場に即したデータ活用のPDCAを推進
目次
顧客と直接つながることでビジネスが広がる
石塚氏は、集英社でファッション誌の編集を担当した後、2000年代にアパレルECの新規事業を立ち上げた。EC事業に携わる中で、データやCRMの有効性を実感し、主力の出版事業においてもユーザーへの提供価値を高められると考え、データ活用を推進してきた。現在は、事業横断で全社的なデータマーケティングを促進する立場にある。
集英社は長らく紙の雑誌を中心に発展してきたが、この20年ほどでデジタル化を含む事業の多角化を進めてきた。特にファッション誌の主戦場はWebメディアへと移行し、広告収益もデジタル広告へシフトしている。石塚氏が長年携わったアパレルをはじめ、デジタルコミックスやキャラクターグッズなどのEC事業も大きく成長している。
さらに、「大きな変化はコンテンツそのもののデジタル化です」と石塚氏は語る。「少年ジャンプ+」アプリのようにマンガを直接配信する仕組みは、同社のビジネスに大きな変化をもたらした。
紙の雑誌では、取次や小売を介したBtoBtoCの流通構造が一般的だ。作家や編集者は読者のためにコンテンツを制作していても、出版社自身が顧客データを直接取得できる環境ではなかったのだ。
「集英社はこの20年で、マンガアプリやWebメディア、電子書籍、さらには原画展などのリアルイベントも含め、BtoCのビジネスに挑戦してきました」と石塚氏は語る。これらの事業では、顧客データを蓄積し、一人ひとりの行動を把握したうえで、顧客と直接コミュニケーションを取ることができる。CRMの実践が可能になったことで、事業のあり方は大きく変化し、発展につながった。

こうした変化を背景に、現在石塚氏が取り組んでいるのが、全社的なデータの統合と活用の推進だ。各部門のデータをDWHに集約するとともに、顧客データをTreasure AIでさまざまな形で活用できる環境を整えてきた。
マンガアプリや各種Webマガジン、ECなど、同社が展開する幅広いチャネルのデータを統合。好みの作品や推しているキャラクター、ライフスタイルやファッションへの関心など、一人ひとりの顧客を横断的に把握できるようになった。
こうした取り組みは一定の成果を挙げた。その一方で、石塚氏は「やればやるほど、自分たちの情報には限界があることを痛感した」と振り返る。打開策として導入したのが、Vポイントを運営するVポイントマーケティングの外部企業向けサービスVD+だ。
VD+を利用することで、Vポイントの購買データと自社の顧客データを組み合わせて分析できるようになった。食料品や日用品など、オフラインを含む幅広い購買行動データを活用することで、これまで見えなかった顧客像の把握が可能になる。
石塚氏は、これら外部データも含めて顧客理解を深めるための「究極の顧客データベース」の構築を進めてきた。2026年春には、施策に活用できる段階まで到達したという。
と同時に、さらなる課題も見えてきた。VD+の利用価値を高く評価する石塚氏だが、「変数のカラムが約700項目あり、すべてを人間が扱い、分析するのは現実的ではない」と、詳細なデータゆえの難しさを口にする。顧客データをより豊かにするうえで外部データは欠かせない一方、その価値を引き出すためにはAIの活用が不可欠だった。

外部データとAIエージェントで顧客理解を深化
続けて竹山氏は、自社の顧客データとVD+を活用したデータ分析について語ってくれた。
竹山氏はアパレル企業のTSIでTreasure AIを幅広く活用した経験を持ち、2026年4月に集英社アーツ&デジタルに入社した。現在は、集英社IT戦略企画部データマーケティング室にて、集英社全体のデータ基盤の構築やAIエージェントの活用、データを活用したマーケティングの推進に取り組んでいる。
前述のとおり、同社ではマンガアプリやEC、雑誌関連など、全社のデータをDWHに蓄積し、マーケティング分析や施策に必要な顧客データ、さらにVD+から提供されるVポイントユーザーの購買データを活用できる環境を整えている。
そんな中で竹山氏が特に進めているのが、「AIエージェントの構築・運用」と「自社および外部企業向けのデータ活用」だ。
AIエージェントの活用は、読者の分析から優先的に進めている。VD+の導入により、例えば書店で購入した読者が、他にどのような購買行動を取っているのかといった情報を把握できる。事業部や編集部にとって、読者理解を深めるための貴重なデータだ。「現場で自分ごと化してもらうことで、活用が促進される」と竹山氏は狙いを語る。
ほかにも、要望に応じた様々なエージェントのリリースを進めているという。
データが新たなビジネス機会を創出する
もう一方のデータ活用の可能性として、竹山氏はまず自社IPと他社商品のコラボレーションビジネスでの活用を挙げた。食品やアパレルなどの商品と自社IPとのコラボでは、両者の親和性が重要になる。
「自社データとVD+を組み合わせた「究極の顧客データベース」により、データに基づく相性の分析も出来るのではないかと模索している」
(竹山氏)
同様の考え方は広告営業にも応用できる。例えば、男性読者が多いと思われがちな作品でも、実際には女性読者も多く含まれている作品もある。その場合、女性向けの商材とアプリ読者との親和性をデータで示すことで、新たな広告主への提案も可能になる。
具体的な事例として竹山氏は、女性向けファッションWebメディアで実施したプレゼントキャンペーンを挙げた。キャンペーン記事を閲覧したユーザーの購買行動をVD+で分析したところ、特定の野菜ジュースの購買率が高いことが分かったという。同メディアの広告主はアパレルや化粧品が中心だったが、こうしたデータを根拠に、食品メーカーへの提案も十分に可能になる。
データ活用のスキームとしては、メールアドレスで自社とVポイントのIDを突合し、自社のWebやアプリの広告配信などに用いる。さらに、Vポイントのデータを保持している場合は、IDの突合ができなくても、広告接触後の購買実績が把握できる。
「メーカーなど集英社と同じBtoBtoCの企業にとって、有効なプロモーションの効果検証手段になる」
(竹山氏)
迅速なPDCAを支えるTreasure AI Studio
このように多様な取り組みを支えているのが、エージェントの作成をはじめ、多様なワークフローを自然言語で構築・実行できるTreasure AI Studioだ。
多岐にわたる媒体やコンテンツ、事業を展開する集英社では、データベースが非常に複雑だ。竹山氏の入社当時、まずデータの構造や内容を一つひとつ把握する必要があったが、Treasure AI Studioは大きな力になった。
また、複数の事業を抱える同社では、ひとつの汎用的なエージェントを全社で共有するのは難しい。部門ごとのニーズに応じてAIをカスタマイズし、現場で試しながら改善を重ねていく上で、短期間でエージェントを構築できるTreasure AI Studioの活用価値は高い。
一方で、活用にあたっては課題もある。例えば、存在しないカラムやテーブルを参照してしまうハルシネーションや、複数のデータソースをまたいだ分析が期待どおりに行えないケースなどだ。そのため同社では、ハルシネーションを抑制するルールをプロンプトに組み込んだり、分析に必要なデータをあらかじめひとつのテーブルに集約するなどして、問題を一つひとつ解消していった。ノウハウはテキストとして蓄積するだけでなく、再利用可能な「スキル」としてTreasure AI Studioに登録し、社内で共有している。
「Treasure AI Studioがなければ、2カ月半でデータを理解しながら試行錯誤を進めることはできなかった」(石塚氏)
「システム開発の素早いPDCAが求められる中で、現状は良いペースで進められている」と総括した。
